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「サイレント・ヴォイス」BSテレ東 土曜夜9時
主演/栗山千明

第3話「私は何でも知っている」

端くれですが、私も占い師ですので、興味深く視聴しました。

夫の経営する店で遊びで始めた占いが評判になり、いつしか霊能者として病気治しまでして大金を稼ぐことになった霊能占い師・手嶋奈緒美役(堀内敬子)。
信者も大勢いる反面、被害者の会もある。

被害者の会の男性が謎の転落死。手嶋のところへ乗り込んで来た男だった。そのとき「3日後に死ぬ」と手嶋に予言されていた。

行動心理捜査官・楯岡絵麻(栗山)が取り調べを行うが、犯人らしい反応が全く見られない。手嶋には犯行当時のアリバイがあり、本当に霊能なのではないかと疑いはじめる相棒の西野刑事(白洲迅)。

楯岡は、あの手この手で手嶋の霊能がいわゆる「コールドリーディング」であることを証明していく。
詐欺師の才能がある、と問い詰める。
が、何が本当で何が嘘なのかは、どうにも突き詰めようがない。
それが自称他称問わず「霊能」というものなんだ、ということがよく分かる楯岡の取り調べだった。

私はドラマの途中で思った。本人が本当だと思い込んでいればおそらく行動心理的な身体的特徴は現れないのだろう、と。そんなことを考えていたら、楯岡も同様の指摘をした。
そういえば、そういう人は「嘘発見器」にもひっかからないという事例を、海外のドキュメンタリー番組で見たことがある。

これほどの信者を集めるまでになったということは、それなりに当たったり、治癒したりという現象はあったのだろうが、カルト教祖的存在というのは、本人のみで出来上がるのではない、ということも示してくれていたように思う。
つまり、周囲の崇拝者たちの影響は大きい。彼らがまず、祭り上げる。すると本人はますます本気になる。次第に忖度も働くようになる。
ときに教祖の予言を的中させるために、「それ」を「起こす」という作業をする。これは、自称霊能者本人の命令で行っている場合もある。
テレビ番組などでは、スタッフが事前に相談者の身元を調べて、あたかも霊視しているかのごとく喋る、という演出もあると聞きます(参考文献/松尾貴史著「オカルトでっかち」他)。

手嶋に、あなたは妄想性障害だと明かす楯岡。
それはあなただけの責任ではい。
あなたと相談者たちは互いにマインドコントロールを強め合う関係だった。

この第3話では、信者がそうしたのではなかった。なかなか複雑に事が絡み合っていた。
手嶋に息子の腫瘍を治してもらっていた母親の父、が犯人だった。この人物は被害者の会のメンバーで、そんな詐欺から娘と孫を救い出したいと思っていたのだが、3日後に死ぬという予言をその場で聞いていた彼は、その予言が当たることが孫と娘のためになると判断したのだった。孫の腫瘍が小さくなったと聞いていたので、彼女の霊能力が続くことを望んだ。
う~ん、だからって……
でも、人の気持ちってそんなものだ。

信者たちは、教祖の霊能力を信じているので、殺したりしない。
楯岡の説明は論理的だ。
あなたの霊能力に懐疑的であるにもかかわらず、殺人を犯してまであなたが霊能者として存在しつづけることを願った人物。

霊能があるのかないのかと問い掛けてくる犯罪捜査ドラマで私が印象に残っているのは、「クリミナル・マインド」「dele(ディーリー)」「ガリレオ」。「クリミナル・マインド」「dele」では、最後には、やっぱりそういうのもあるのかなぁ的演出で終わり、「ガリレオ」では、全く違っていたことが証明されました。

余談ですが、
「霊能」については、その真偽は分からない。そう思っておいたほうが安全です。
なぜなら、その99%が詐欺、霊感商法の可能性が高いと言っても過言ではないからです。

本人が「見えている」と思い込んでいる限り、本人としては確かに見えているのでしょうから、それは本人にとって真実以外のなにものでもない、わけです。ですので、そういう人を何らか説得しようとしても無駄です。むしろ、詐欺師というのは対話能力が高いので、洗脳されてしまうかもしれません。「ミイラ取りがミイラになる」です。

私には人知を超えた力があり、私は選ばれた人間である、そのことの証明にほかならない
という手嶋が楯岡に行ったセリフ。これは大変に危険である、と言わざる負えません。
楯岡が取り調べのなかで比較例として出した、「ヒトラー」と「サリン事件の主犯者」も、全く同じことを思っていたと思われます。
霊能者や占い師でなくとも、ビジネスの世界にも、あらゆる職業、否、あらゆる人間のなかに、親や学校の先生にも、同様の類いはいます。
このような不遜な言動は、その人間の真価を判断するための試金石、基準とすることができます。
どんな人でもこんなことを言い出したら用心したほうがいいですよ。

本当に本当に「見えている」のであれば、むしろ「より謙虚になるべき」と私は思っています。いや、謙虚にならざるを得ないのではないでしょうか。

手嶋は、犯人ではないので釈放されて、このまま霊能者を続けていくのだろう。そして一部は離れていくだろうが、信者はそのままついていくだろうし、報道されることで新しく崇拝者となる人たちも現れるはずだ。

こういったことがあった後に、崇拝心はより強くなる、という学者の報告論文もあります(参考文献/「予言がはずれるとき」レオン・フェスティンガー)。


……にしても、楯岡は、いや栗山は、「幻解!超常ファイル」だったぁ!