こんにちは。よりみちねこです

「わたしたちの教科書」
2007年春期フジテレビ
脚本/坂元裕二
菅野美穂/伊藤淳史/真木よう子/谷原章介/風吹ジュン
志田未来/谷村美月/ 冨浦 智嗣


ちょうど10年前のドラマ。
坂元裕二といえば、
「問題のあるレストラン」(2015年冬期)「カルテット」(2017年冬期)など、
 最近もその天才性を発揮している脚本家だ。
ヒューマニティ社会派ドラマと言えるだろうか。
坂元の作品は、その対話、セリフに見ごたえがある。言葉のひとつひとつがよく練られている。
「対話劇」とも言われている。
「問題のあるレストラン」も「カルテット」も、根底のテーマは重い。
が、ユーモアが散りばめられている。コメディタッチ。

ところが「わたしたちの教科書」には、笑いの部分がいっさいない。
最初から最後まで極めて深刻だ。
涙と重圧のみ。
いじめと学校。 

「先生、世界を変えることはできますか?」
そんな言葉を、
臨時教師として喜里丘中学校へ赴任してきた加地 耕平(伊藤淳史)に遺して、
校舎の窓から転落死した生徒・明日香(志田未来)。
弁護士・積木 珠子(菅野美穂)の離婚した夫の連れ子だった。

加地は、明日香から駅のロッカーのカギを託された。
ロッカーのなかには、明日香のカバンと「死ね」などのいたずら書きをされた教科書があった。
珠子と加地は、いじめが原因で自殺したのではないか、と調べ始める。
珠子は、学校を告訴する。
学校側の弁護士は珠子の恋人・直之(谷原章介)。
雨木副校長(風吹ジュン)は、本校にはいじめはない、と言い張り続ける。
「ソロモンの偽証」(宮部みゆき)では、生徒たち自らが学校内裁判を開き、ひとりの生徒の死の原因を追究するが、こちらは、実際の法廷での裁判。
 
かなりしんどいドラマだ。
生徒のいじめ。
先生同士のいじめ。
生徒も先生も、それぞれに秘密や事情、悩みなどを抱えている。

それぞれがそれぞれに、それぞれの行動の理由、背景を持っている。
そこまで丁寧に描かれている。
実は雨木副校長の息子はいわゆるシリアルキラー。
その理由は、悪いヤツを処刑する、というものだった。
そうやって、母親を助けようとしている。
それ以外にいじめをなくす方法はない、と。

明日香の親友だった朋美(谷村美月)が最後の証人として明日香の転落死までの経緯を語る法廷場面が圧巻だ。
現実の世界では、ここまでの裁判が行われたら、逆に告訴した側が批判を受けるかもしれない。
しかしだからと言って、いじめはなかった、で終わりにしていいのだろうか?
子どもたちを守るためだという責任転嫁と偽善。
坂元裕二は天才のその筆で強烈に問いかけてくる。

大人たちの「嘘」が、結局は子どもたちの心を蝕んでいく。
それが、子供たちの不健全な行動の背景となっている。

正義とは何か?
はっきりと答えることはできない。

しかし「訳を知ること」が大事なのではないだろうか。

10年前のこのドラマ。
今こそ見るべきドラマかもしれない。
最近は、おちゃらけたドラマの視聴率が高いようだが。

救いようのない物語、それが第一印象。
そして、そのまま物語は進む。
さらに思う。世の中悪いヤツばかりだ。
ところがこの暗いドラマに、心底悪いヤツはいない、ということが最終話に近づくにつれ見えてくる。
ひとりひとりの行動は、結局誰かを守るためにしていることに過ぎない。ときにそれは自分。
珠子の夫が突然姿を消したのも、若年性認知症と診断されたからだったと、後から知る。
ずっと恨んでいたのに。
だから、明日香を施設に入れてしまった。冷たく当たった。
言わなければ分からない。
たったの一言がなかったために、生涯苦しみを抱えたままという人たちが、世界には大勢いるのかもしれない。
単なる誤解が仲たがいを生むこともある。

「めんどうだから」という理由で何も解決しないでやり過ごす日本人。
そういった態度こそクールでエリートだと思っている勘違い人間も多い。
話し合う、という習慣がない日本人。
問題提起をする人はうるさがられる。
いじめの現場だけでなく、あらゆる社会的シーンでみられる「おとなになりなよ」。
「空気を読む」だけで理解し合ったり、尊重し合ったりすることはできない。
「見なかったことにする」「知らなかったことにする」「そもそもなかったことする」
そんな風に身近な社会も国も動いていないか?


犯罪は悪いことだ。いじめも悪だ。嘘も悪い。
誰かを守るためにしていることが、ほんの一部の人の「自分のため」によって、罪がさらに大きくなってしまうようだ。

最終話で学校に押し入ってきた雨木の息子。彼の言動に全てが集約されているのかもしれない。
いじめを働いている生徒にナイフを突きつけながら、教師たちの秘密を暴露する。そして、こいつの代わりに死ねるヤツはいるのか?と脅迫。しかし、母親は殺したくない。でも一番分かってほしいのは、おそらく、母親なんだろう。



金八先生を目指して教師になった先生は多い。
加地もそのひとり。が、次第に副校長に洗脳されていく。
「本校にはいじめはありません」。白を白と言えない、黒を黒と言えない世界。
「言わない」ようになり、そして最後には「言わせない」人間になる。
その表情の変化を、伊藤淳史は巧みに演じてくれている。
物語前半で、珠子に協力して謎解きをしようとする加地。
このドラマの翌年2008年から始まるフジテレビ「チームバチスタシリーズ」(脚本/後藤法子)の心療内科医・田口につながる役どころとなっている。「チームバチスタ」では、仲村トオル演じる厚生労働省の官僚・白鳥の相棒として、殺人事件を解決していく。

菅野美穂も、2010年日本テレビ「曲げられない女」(脚本/遊川和彦)で再び弁護士役。正確に言えば、弁護士を目指している正義感の「超強い」女性。
ここでも谷原章介と共演。


余談的素朴疑問。
なぜ副校長の苗字は「雨木」なのか。
なぜ積木珠子は「たまこ」なのか。
「問題のあるレストラン」は、男社会の男たちたちと闘う女たちを描くコメディドラマだが、ここで告発される社長は雨木太郎(杉本哲太)。この人は、かなりの極悪人。
真木よう子演じる主人公は、田中たま子。
いや、逆だ。
「わたしたちの教科書」のほうが8年も早く制作されているのだから、
どうして社長は雨木で、田中はたま子なのか。
どちらも「雨木」vs「たまこ」だ。


「わたしたちの教科書」冒頭。
教室を抜け出していた明日香が木の下で本を読んでいる。
そこへ来た加地に言うセリフ。
この世界では、一日に120兆円のお金を使って毎日戦争が行われています。
空爆で戦争に巻き込まれる子供や自ら銃を持って戦争している子供がいます。
私と同い年の女の子が兵士より先に地雷原を歩く仕事をしています。
私とその子はどこが違うんでしょうか。
食べるものがなくて死ぬ人がいるのに、食べ物を捨てる人がいます。
1秒間にサッカー場1年分もの緑が消えても温暖化で南極の氷がとけても、それでも人は去年買ったばかりの服を流行おくれだと言ってゴミにします。
どうしてですか?
先生は幼稚園のときに習いませんでしたか?
けんかをしてはいけません。
人のものを取ってはいけません。
物を大切にしよう。
動物や草花をかわいがろう。
たったそれだけのことをみんなが守っていれば、
世界はこんなことにならなかったんだと思います。
どうしてですか?
どうして幼稚園児にも分かることが、大人になると分からなくなるのですか?
先生、世界を変えることはできますか?



世界を変えるにはまず自身から、と
マイケル・ジャクソンも生前歌っていた。


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