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で「生きがい」について書いている。
神谷美恵子の著書「生きがいについて」「100分で名著」(NHK)が取り上げており、
それを見て再読した。
初めて読んだのが12~3年前。そのころと受け止め方が多少変化している自分がいる。
さらに、神谷がこの著書を書いた時代や、本人の人生の背景というものにも、人の書くものというのは大いに影響を受けるものなのだな、ということもあらためて感じている。
それが良いとか悪いとかではない。
なぜなら、人間の魂の基本は不変だと思うので。根本的な人間の苦悩は、それこそプラトンや釈迦の時代から変わっていないと思う。紀元前から問いかけ続けられてきた「オープンエンドな質問」というものは存在している。

「半分、青い」NHK朝の連続テレビ小説
永野芽郁/佐藤健/豊川悦司/井川遥


自分は漫画を描くことが好きなんだ、ということに気づいた鈴愛(すずめ・永野芽郁)
第6週から、東京へ出て、漫画家・秋風羽織(豊川悦司)に弟子入りする。

第8週「助けたい」では、すずめの幼馴染で東京の大学に入った律(佐藤健)も、そして秋風先生も含めて、自分の人生で「やりたいこと」「やるべきこと」について問うてくる、考える週でもあったように思う。

秋風の弟子三人のための画力向上クロッキー教室がはじまる。律と律の学友である雅人(中村倫也)がバイトでモデルに。
その夜、律は秋風と話す。

「人の心の温度が上がっていく瞬間を見ました。と同時に、少し不安にもなりました。
すずめにとっては今は漫画家になるための時間で、でもだとすると僕の今は何のための時間なんだろうって。自分が何になるのか、答えられないっす」

秋風
「いや、そういう時間もいいんじゃないんですか。
私はここに来るまで回り道をしました。漫画家デビューは遅いです。美大に入り、絵を描き、回りのうまさにおののき、ドロップアウトして中退し、セールスマンになりました。大阪で百科事典のセールスをしてました。でもある日、炎天下の昼、百科事典を売って回りながら僕は決心をしました。30前で覚悟を決めたんです。漫画家を目指そう、と。
仕事をやめバイトをしながら投稿を始めました。退路を断ったわけです。
一見、余計なことする時間も、回り道もあっていいと思います。いろんなことがあって、全てが今につながっていく。
あなたのように感じたり考えたりして生きていくのなら、それは実りのある時間だと、私なんかは思います」

これは、夢を実現しようとしている人にも、まだ何も見えていない人にも、良きアドバイスだ。
「人生には回り道があっていい。感じたり考えたりする時間は実りある時間だ」
そして、これだ!こうしよう!と思ったときは
「退路を断つ」勇気が必要なのだろう。
こっちの道も残しながらあわよくば自分の思う通りに、という人は多い。いや、それも分かる。収入がなくなっては生きていけない。秋風先生もバイトはしてしたようだ。でもきっとバイトしながら投稿したということは、作品をつくる時間の取れる仕事を選んだのだろうし、もしくはちょっと古いが、そして真偽のほどは定かではないが、森村誠一のようにホテルマンとして働きながら夜の暇なフロントで小説を書いていた、そんな方法もあるのかもしれないが。
「退路を断つ」には「覚悟」が必要なのだと思う。


秋風がガン再発ではないかと悲観しているとき、病院に行くことをすすめる秘書の菱本(井川遥)が言う。
「先生の命は先生だけのものではありません。先生の漫画を楽しみに思うみんなのものです。これまでファンに支えられて生きてきたのではないのですか?
先生は漫画の神さまに愛された数少ない人です。そういう才能がある人には使命があると、私は考えます。漫画を描いて、多くの人を幸せにするという使命が。
そしてあの子たちです。あの子たちはまだ二十歳にもなっていません。将来をかけてここに来ています。ここに集めた責任というものがあるのではないでしょうか。お願いします。病院に行ってください」

神谷美恵子は「生きがいについて」のなかで「生きがい感」は「使命感」でもあると言っている。
つまり「生き生きとした喜びが腹のそこから湧きがってくる」ことだと書いている。
それは、シュバイツァーやナインチンゲールのような際立った例ではなくとも、ごく平凡な私たちにもある。私は、「どうしてもしなければならないという衝動」という風に捉えた。
秋風先生は、シュバイツァーの部類だと思うが、秘書の菱本さんはここで良いことを言っている。
「感謝」である。神から愛された特別な存在かもしれないが、しかし、ファンという存在があってこその秋風羽織ではないか、と言っている。
さらに、弟子たちへの「責任」。しっかり伝授し、育てること、それもまた残された使命なのだろう。
○○の神に愛された天才はこの世にそれなりにいるが、自身の仕事への賞賛は残せても、自身を越えたところへの愛を示すところまではなかなか行きつかないものだ。
伝授というのは「ペイフォワード」だな。


さらに秋風が、快復したあとみんなに経緯を説明し、そしてこう言う。
「またこれからもガンは再発する可能性が十分あるということだ。私は正直怖い。しかし、生きる。そしてみなさんに漫画の描き方を教えたいと思う。漫画はすばらしいものだということを。
私は病、死の恐怖を忘れ去ることはできない。しかし、それを思い出さないでいることはできる。何によってか。それは漫画を描くということによって。創作という魂の饗宴のなかで、私はしばし、病を忘れる。
私は思うんです。人間にとって創作とは、神の恵みではなか、と」
病など、辛い状況にあるとき、人はその苦しみのほうにばかり心がいってしまう。
けれどもそれはくよくよしても始まらない。
いつか再発することもあるだろう。
極端なことを言えば、私たちはいつなんどき、お金も食べるものも住むところもなくなってしまうことがあるかもしれない。
それでも、そんな心配事を思い出さないでいることができる、忘れていることができる、そういう時間がある。それこそが「創造的時間」なのではないか、と思った。
「創作」というと、芸術的なことだけを思い浮かべる人も多いと思うが、いわゆる
「創造的人生」とは芸術家のことだけを指しているわけではないだろう、と思う。
秋風先生は自分の漫画という仕事のことを言っているのではあるが、このセリフには普遍性がある。
つまり「生きがい」を感じることをしているとき、人は「苦(痛)」を忘れることができる、ということなのではないか、と思う。
そこには「時間」という概念すら存在しないのかもしれない。
いわゆる「フロー」の状態にいること、だろうか。

今気づいたのだが、このドラマ、
週ごとのタイトルが「生まれたい!」「夢見たい!」「東京、行きたい!」と、
「~たい!」となっている。
「したいこと」だ。まさに「生きがい感」「やりたいこと」だ。
北川悦史子脚本なので、やっぱり恋愛ドラマなのかな、と思うと、
律と鈴愛の恋愛ドラマの背景にある人生の選択的なことなのかもしれないが。
まあ、どちらに焦点を当てても楽しめるドラマだ。
9月までまだあと1シーズンと半分くらいある。