よりみちねこのドラマカデミア

よりみち視点でドラマをアカデミアするよ。

2016年02月

こんにちは。
よりみちねこです。

「わたしを離さないで」TBS金曜夜10時

視聴率がよくないようだけれど(重すぎるのかな?)、
よりみちねこは、このドラマを何度か取り上げている。

第6話では、
恭子(綾瀬はるか)のよき理解者であり、物語のなかでの気づきの象徴であった真実(中井ノエミ)の死と、思考、感情の残酷を問い掛ける。

真実は、自分たちの提供者としての現状を知らせ自由な生を勝ち取るための活動、闘いへの取り締まりの手から逃れ、生まれてきて良かったということを見つけてほしいと、恭子に伝えに来る。

一方で、いつでも恭子に勝っていることで満足を得る美和(水川あさみ)は、その自分の心の満足のために、恭子という存在が必要だ。だから、好きでもない友彦(三浦春馬)を自分の恋人にしている。
本当は、友彦と恭子は両想いだ。

陽光学園の生徒には、特別な猶予があるらしい、ということを知る。
そのために生徒たちは絵を描かされていた。今からでも絵を描いて送るといいと、龍子先生から手紙をもらった友彦は、苦手だった絵を描きはじめる。

恭子に会いに来た真実は、恭子に憲法13条が書かれたメモを見せる。
すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
「誰にだって幸せを追究する権利はあるのよ。公共の福祉に反しない限り」と真実。
「トモは恭子のことが好きだよ。美和は公共の福祉なの?」

アジトから逃げる真実。
自分の手首を切って、もうすぐ死ぬからお願い、と、街頭演説をしている政治家からマイクを奪う。
私は候補者ではありません。提供者です。
私はある施設で育てられました。ごく普通の子供時代でした。
あるとき、提供という使命を持った天使だと教えられました。
私の命は誰かのためにある、そう教えられました。
目も耳も流れる血も脈打つ心臓も、これは誰かを救うためにあるのだ、と。
捧げるのが使命、だからお前たちは天使なのだ、と教えられました。
私は想像しました。大好きな友人に私の心臓をあげることができるだろうか。
私には無理だと思いました。
代わりに死ぬことなんてできない。私は天使などではないと思いました。
私は、なんだろう。
私は、ごく普通の人間ではないだろうかと思いました。
私の望みはごく普通のことです。
自由に歩きまわってみたい、仕事をしてみたい、好きな人といっしょに生きていきたい。
でも許されないんです。そんなささいなことが。
なぜですか?私たちは家畜だからです。
牛や豚が何を考えてるかなんて気にしません。
これはおそらくそういうことなのだと思います。
それでも、私たちのような存在をつくりつづけなければならないのなら、
どうか何も考えないようにつくってください。

自分の命は自分のものではないのか、などと思いもしないように。


恭子も、友彦のもとを離れる決意をする。
それは美和の我儘と支配から逃れる決意でもあった。
そして、自分の「感情」という怪物を憎み、諦めた瞬間でもあった。
「もういいよ」と恭子は友彦と美和に言う。
「私は私で行くから」

真実は恭子にとって、「知性」と「感性」だったのだろう。
真実のような存在、自分の周りにも必ずいるよね。
何かを教えてくれる人。
教えてくれて、そして、いつの間にかいなくなる。
よりみちねこも思い出す。

求められるものは身体だけなのに、どうして気持ちなんてものがあるのだろう。
もう、いらない。
私はもう、心なんていらない。
もう誰も好きにも嫌いにもならない、笑いも怒りもしない。
何も感じない。
私は天使になるのだ。


人間は前頭葉が発達しているから、感情や意欲を抱いて歩んで行ける。
逆に言えば、それが悩みにもなる。苦しみにもなる。
感情もなく、意欲も持つことがないなら、おそらく、悩まないのだろう。
神谷美恵子の本で読んだ記憶だが、前頭葉に支障のある人は悩まない、と書いてあった。
意欲といえば聞こえはいいが、欲望に振り回される人間は、喜び以上に苦しいのではないか?
よりみちねこはそんな風に思ったことがある。

いわゆる「天使」には感情がない、と聞いたことがある。
だから、人を助けるときに「人」を見ない。
助けようとする人が善人か悪人かは見ない、見えない。
だから公平だ、というわけだ。

幸せかどうか分からないけど、真実だけだよね、自分の命を自分のために使ったのは。
現在の恭子が、かつての演説事件現場に花を捧げる。


ドラマを楽しもう 

 

こんにちは。
よりみちねこです。

2016年冬期のドラマも、ちょうど中盤だね。

「フラジャイル」 フジテレビ水曜夜10時

この作品は~2016年冬期ドラマが始まった~ では、紹介しなかった。
しようしようと思っているうちに、ついに、物語も半分が過ぎてしまった。

漫画原作ではあるが、
脚本が橋部敦子
橋部は「僕の生きる道」「救命病棟24時」「僕のいた時間」など、
命と向き合う代表作がある。

ここまで毎話、良質なストーリーだが、
先週の第5話、とくに良い作品だった。 

病理医の岸(長瀬智也)は、頑固な天才医師。
臨床から病理に移ってきた宮崎(武井咲)は、患者の心に寄り添おうとする医師。
わがままな岸のもとでひとり大忙しのなのは森井(野村周平)
病理に顔を出してはリラックスしていく臨床医細木(小雪)は、岸を慕っている。
岸の恩師で教授の中熊(北大路欣也)は、岸のよき理解者。

第5話のゲストは、関ジャニの安田章大。
保育士の小早川(安田)は、末期がんの宣告を受け、保育士をやめる。
積極的治療は望まず、緩和ケア科へ入院。
ひとつ治療方法が残されていたが、莫大な費用がかかるので、諦めている。
そんな小早川と森井が出会う。

余命一年の小早川。
やりたいことはないのか?と問われるが、何もない、と。

しかし、小早川は、森井に心を開き、
実は、音大に入って作曲の勉強がしたかったんだ、と。
森井も打ち明ける。
国立大学に入れるほどの頭もなく、三流の私立に入ったが、実家の商売が傾き、やむを得ず中退した。
今の病院の奨学金を得て、医療専門学校に通い、病理技師になった。だから、自分は医師ではない。
二人の公開して後悔。

「人生の選択肢がお金のあるなしで決まるなんて」

お金がないからって諦めるな、病室に駆け込んで小早川に熱く迫る森井。
そして小早川は、薬が自分の身体に適合するかの検査を望む。
が、適合しなかった。

小早川は、曲を創ることにした。
インスピレーションを受けて、病室で美しい曲を書く。
森井の自転車の後に乗って走っているときの様子。

買い物外出のとき、辛い身体を休めていると、上の道路から保育園で受け持っていた園児が、
「せんせ~い」と手を振る。
園児は、思い余って、欄干から落ちてしまう。
小早川が駆け込み、園児を救う。
小早川は死んでしまう。

小早川のいなくなった病室。
「疾走」の楽譜。
手に取る森井。
最後のページに、「やったこと」というタイトルが。
やったこと
① 一曲だけ、曲を書いた
② たったひとりだけど、友達ができた

森井の後ろ姿。
森井がつぶやく。
「③(まるさん)ひとつの命を救った」


人間の命のストーリーだった。
よりみちねこは、泣いてしまった。

小早川は森井に言っていた。
これからだって医者になれるんじゃないですか?
それでも今の仕事をやめないのは、今が気に入っているからじゃないですか?


人生の選択と後悔。
どうにもならない物理的なこともあるが、
全ては、自分の選択、なんだろう。
と同時に、「お金」が全て、命の選択も、
というのは、今の、これからの日本へのさらなる警鐘でもある。

同質のドラマに「死神くん」(テレビ朝日)「第一話・心美人お迎えに参りました」があった。
死神くん(大野智)は、死の予告をしに現れるのだが、猶予は3日。
その間に、やり残したこと、やっておきたいことをやりなさい、と伝える。
「第一話」では、高校生の女の子福子(大原櫻子)の話。
やりたいことが見つからない、が、懸命に考えて3つ、見つける。
好きな男の子三城くんをデートに誘う(が、明日なら、と言われる。福子に明日はない)。
お父さんとお母さんに「ありがとう」と言う。
そして最後。
親友だと思っていた同級生真実。読者モデルもやっている学校の人気者。いじめられっ子の福子をいつも助けてくれた。でもそれはパフォーマンスだった。
真実は、事故で目を負傷していた。
三城くんのことでけんかになっていた。
最後の日、わがままな真実に、はっきりと自分の気持ちを伝える福子。
そして、
真実は目の移植をしてくれる人が見つかって急きょ手術を受けることになる。
「感謝しなきゃ」と言う真実。そして、福子に会いたいと・・・。
隣のベッドを覗く看護師さん。福子の姿を見て驚く。

これらは、「銀河鉄道の夜」だ。
カンパネッラは、友だちを助けて、溺れて死んでしまった。
その友だちは、カンパネッラをいじめていた。
銀河鉄道に途中で乗ってきた先生と生徒たちも、沈んでいく船で、人を助けて死んだ人たち。
命を譲った人たち。
彼らは、銀河鉄道で、一番高い霊界へ行く。

尊い行為。


「フラジャイル第5話」ぜひご覧になってください。

小早川役の安田章大(関ジャニ)が、明るさともの悲しさの交錯する青年を好演。
すごく良かった


ドラマを楽しもう



 

こんにちは。
よりみちねこです。

今日は、
「わたしを離さないで」(TBS金曜夜10時)第4話
についてのよりみち感想評。 
2016年冬ドラマがはじまったでもご紹介した。

特別な場所で育った特別な使命をもった存在たち、の物語。 

ストーリーは過去の思い出をなぞる形で、一話ごとに進んでいく。

4話では、いよいよ陽光学園を卒業して、コテージと呼ばれる住居へ。
別の学校出身者とともに「提供」がはじまるまでの数年を過ごす。

相変わらず美和(水川あさみ)の我儘に振り回される恭子(綾瀬はるか)
美和とカップルになってしまった友彦(三浦春馬)
恭子は友彦のことが好きだったので、悲しい。本当は友彦も恭子のことが好きなはず・・・。

恭子たちのコテージはだらしない雰囲気で、恭子にとっては居心地が悪い。
そんなとき、別のコテージへ行った真実(中井ノエミ)から手紙が届く。
救われた気持ちで会いに行く恭子。
そこは明るく前向き。それぞれの趣味などを通して生き甲斐を見出している。
怠惰な恭子たちのコテージとは大違い。羨ましい。
そして彼らは、自分たちの「人権」を取り戻そうと活動している。
まるで6~70年代の学生運動のよう。
「生存の自由を脅かされることなく、意志を持って生きていける権利」
ここへ来て一緒に闘わないか、と誘われる恭子だが、断る。

真実は言った。
「行動をを制限されているし、報道もされない」
「みんなが触れたくない存在だから、テレビや新聞にもコントロールがかかってる」
「当たり前だって、あきらめてるかもしれないけど、こんな役割を押しつけられているのは、絶対に間違っている」
「この活動がだめでも、どうせ殺されるんだから」
「だったら闘おうよ。戦わないと何も変わらないんだよ」

恭子は言う。
「でも私たちがいることで、助かる人もたくさんいるわけでしょう」
真実。
「あの天使だの使命だのって、あれ、洗脳だから。外の人たちだって、私たちのこと家畜だとしか思ってないから」
そして、恭子。
「でも、私は、少しでも長く生きたい」

現実の世界でも、報道されないと、自分の周り以外のことは分からない。
昨年も、デモの報道をなかなかしないという現象があった。
何事も、反対する人たちがいないのなら、いるということが分からないとき、
人は、支配者たちのいいなりになるしかないし、
このドラマで言うと、真実のように感付いて考えている人がいることすら分からない。
たいていの人は、知性も与えられずにコントロールされていくのだろう。
恭子はどっちなんだろう。
分かっているけど、どうにもならないであろうことを考える必要はないと思っているのか、
短いけど生存欲なのか、
友彦のことなのか。
いずれにせよ、闘わない理由の根底に横たわっているのは、
「でも私たちがいることで、助かる人もたくさんいるわけでしょう」
ではないか。
自分への意味づけをしなければ、やってられない、のではないか?
ギリギリの選択。自己肯定と正当化。

「楽しいこと」は、人それぞれ。
恭子も、色恋にだけそれを見出そうとする同居人たちを軽蔑していたが、
結局、寂しさには勝てなかった。
寂しい気持ちが、人を恐怖で狂わせる。
綾瀬はるかの、この脅威の演技が鬼気迫っていた。
それが人間だよね、とは、よりみちねこは思いたくない。
それは、支配者の思う壺だからだ。
考えないようにさせる。知性を奪う。恐怖で追いつめる。

なんだか空しい。
希望を見出せないなかでこそ男女の結びつきが生きている証しなのか。
いや、男女の結びつきこそが生命の営みなのか。
それとも、
自尊と希望を見出して、いつ得られるか分からないけれど、
将来の布石のためにも、
反旗を翻して声をあげていくことが「人間」なのか。
支配から逃れて自由を獲得しようとする意志は、人類の歴史だ。
それが幸福追求。

なにものにもなれない、可能性のない人生。
せめてもの数年の幸せ。それが男女の結びつきだと理解した恭子。
闘って勝ち取ろうとするよりも。

「つながり」を求める気持ちは恭子も真実も同じ。
その求める形が違ってしまった。
真実はおそらく、恭子は自分の仲間だと思っていたのだろう。
そして、美和の呪縛からも解放してあげたかった。
しかし、恭子の「つながり」は、真実の思うものとは違っていた、
のだろうな。

結局、友彦ではない、別の男性に身を委ねてしまった恭子。

友彦役の三浦春馬。
本当はサッカー選手になりたかった友彦。
いじめられっ子だった友彦。
そのおどおどとした弱々しく純粋な青年を好演。
瞳と表情が、友彦という人物になりきっている。

第4話。
普遍性のある考え深いエピソードだった

TBSの見逃し配信で無料視聴できるので、
ぜひ!
2月12日まで。

ドラマを楽しんで心を育てよう



 

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