よりみちねこのドラマカデミア

よりみち視点でドラマをアカデミアするよ。

2017年03月

こんにちは。よりみちねこです

「それでも、生きていく」(フジテレビ/2011年)
脚本/坂元裕二
満島ひかり/瑛太/風間俊介/時任三郎/大竹しのぶ


これはなかなかすごいドラマだ。
すごい、では言い切れない。
重たく悲しい怒り。
許しも癒しもない。
人間らしさがあるとすれば、実は隠された恋愛ドラマだったんだ、という最後に気づく、いや、最初から気づいていた 二人の関係。

子供の命を奪われた母を演じる大竹しのぶの演技がすごすぎる。
怒りのときと穏やかなとき、本気で別人のようだ。

ドラマの内容も演者も、どちらもすごい。
すごいの連発。
語彙力のなさに自己嫌悪だな。

これは被害者家族と加害者家族の物語。
深見家の娘が殺された。亜季、7歳。
犯人は少年A。深見家の息子・洋貴とも友人関係だった三崎家の息子・文哉、14歳。

どちらの家族も、後悔と罪悪感にさいなまれて15年間生きてきた。
文哉(風間俊介)の妹・双葉(満島ひかりは婚約を破棄され、仕事も失った。
引っ越しても引っ越しても、三崎家への嫌がらせが止まらないので、ひょっとして深見家の人がやってるのではないかと疑った双葉が、深見洋貴(瑛太)父(柄本明)と営んでいる「釣り舟屋」を訪ねるところからドラマが始まる。
洋貴の父親は、文哉を捜し出して殺そうとしていた。自分はもう死ぬ身なので。
計画を実行できないまま死んだ父の気持ちを引き継ぐ洋貴。

被害者家族も加害者家族も、実際会って語り合うことが大事なのかもしれない。
被害者のほうはどうしてこんなことになったのかを知りたいし、
加害者のほうは謝りたい。

事件から15年経って、両家がさまざま触れ合っていくなかでの壮絶な気持ちの交錯が、
天才の筆と役者たちによって描かれる。

深見家も三崎家も、文哉の居場所を探す。
文哉は8年前に出所して、果樹園で働いていた。

亜季の母(大竹しのぶ)が文哉に「どうして亜季だったの?」と尋ねるシーンがあるが、
文哉は「たまたま会ったから、誰でも良かった」と無機質に答える。
母親は、対象が自分の娘だった特別の理由を知りたかったのだろうか、知りたいのだろうか、特別であってほしいのだろうか?
生きる意味、死ぬ意味を人はまさぐるものだとすれば。
しかし「誰でもよかった」(実際のニュースでもよく聞く表現)と言われれば、なんともやるせない気持ちにはなるだろうが、大きく意味づけされてしまうと、逆に母親は自分を責めることになるかもしれない。現に亜季の母は「短いスカートをはかせたから」という後悔にさいなまれ続けていた。

この文哉という人物は、いわゆるサイコパスだ。
シリアルキラー、サイコキラーなのだろう。
少年院で治療を受けていたが、実は何も治癒していなかった。
15年前と何も変わっていなかった。
そのことに精神科医らも気づかない。

衝動は、静かに潜伏して、そしてきっかけを待って爆発する。
何度もおさえようとはするが、
今度は、自分に罵声を浴びせた大人の女性を襲ってしまう。

アメリカのテレビドラマ「クリミナル・マインド」は、サイコキラーを扱った犯罪捜査ドラマだ。
ここでは、抵抗すれば容赦なくその犯人はFBIに撃ち殺される。 
プロファイリングのとき、生い立ちも考慮される。
たいていは、家庭環境が悪い。

文哉の父親(時任三郎も、エリートづらの横暴な男だったようだ。
「あんたずいぶん威張ってたもんね」という近所の女性のセリフからも読み取れる。 
家庭をほったらかしの父。母は自殺。5歳だった文哉はその現場を見ている。
そして父親が母を殺した、と思っている文哉。
その母も、子育てが大変だったのか、自由を奪われた生活がいやだったのか、「あんたたちなんか生まれてこなければよかったのに」とつぶやく。その言葉が文哉の心にこびりついた。

亜季は「フランダースの犬」を読んで、どうしてこんな悲しい物語があるのか、ネロは生まれこなければよかったのに、という疑問を持ち、よく口にしていた。
それを事件現場で文哉も尋ねられ、さらなる引き金となった。

文哉を探そうとしない父に、文哉は捨てられたと感じている。

犯罪には必ず背景があるが、似たような背景だからと言って、誰もがサイコパスになったり、シリアルキラーになったりするわけではない。

「真昼の悪魔」(2017年フジテレビ/主演・田中麗奈/原作・遠藤周作)
では、主人公で医師の大河内葉子のことを、
「生まれながらの悪魔だ」と、神父が断定する。
おとなしいときは、悪魔の思いが潜伏しているだけ。
この大河内洋子は、やはりサイコパス。自分でも、感情がないことを知っており、痛いとか悲しいとか怖いとかいう気持ちを味わってみたいと思っている。
ゆえに、人を傷つけ、殺す。
葉子にも、何かのきっかけがあったのかもしれないが、それにしても「生まれつき」というものもあるのか、と思わざるを得ない。

「クリミナル・マインド」でもそういうセリフはある。
家庭環境は、ただの小さなきっかけだったに過ぎないのかもしれない。

大河内洋子が「普通ってなに?」と問いかける場面があるが、
確かに「普通」とはなんだろう。
普通の人は人を殺したりしない。
けれども、人を傷つける人はたくさんいるし、故意にそうする人もいる。
たくさんどころか、意識的にせよ無意識的にせよ、人を傷つけたことのない人などいないだろう。


「それでも、生きていく」
観る前は、殺人という罪を犯してしまった人間がそれでも生きていかなければならない辛さを描いているのかと思っていたが、逆だった。
双方の家族たちが「それでも、生きていく」のだ。
もちろん、再び逮捕された文哉も、それでも生きていくのだが、しかし、彼の場合はすこし違うのかもしれない。辛いけどそれでも生きていくのではなく、感情がなくてもそれでも生きてく、のだ。
文哉は、母親の顔を思い出せなくなっていた。
拘置所の面会室で写真を見せてもらい泣き崩れるが、それでどこまで心を取り戻せるのかは未知だ。
むしろこの物語の流れからすると、難しそうだ。

結論も解決もないドラマだが、
そこに生まれた双葉と洋貴の恋は、続いていきそうだ。
もしかしたら、幼い頃から惹かれ合っていたのかもしれない。

演出的に気になったところがいくつかあった。
ほんのときどき挿入される幼い日の光の映像。きっと意味があるのだろうが、無節操に入り込んでくるように感じて、戸惑う。
オープニングも主題歌が流れたり流れなかったりで、全話続けて観ると気になる。
音と音楽もちょっと耳障りだった。
音というのは、後から入れると聞いている。物を置く音とか、きしむ音とか、すれる音とか、足音とか・・・。それが、なんだか大きくて、そのうえ、こんな音するかな?みたいなものもあって、妙に気になった。それが何某かの効果のための手法なのか?
劇伴も、なんだか自己主張が強く、もっと寄り添う感じがほしかった。
けれどもきっと、世間的にはこれが効果的という評価なのだろう。

普段、ドラマ評を書くときは、あまり技術方面は語らない。専門的なことは専門家にお任せしようと思っているので。
それでもなんか気になったので一言書かせていただきました。

シビアすぎるドラマだが、
ほんの少し、数えるほどではあるが、
え?これ、ユーモア?というセリフがあった。
それによって、場や物語がけっしてやわらぐことはないのだが。

飛び交う対話の雰囲気は、同脚本家の「カルテット」(TBS/2017年)
に一番似ているかも。


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こんにちは。よりみちねこです

「カルテット」(TBS)
脚本/坂元裕二
松たか子/満島ひかり/高橋一生/松田龍平

「え~、もう終わっちゃうの~」
それが最終話の最後の最後に思った、いや、叫んだ言葉。

先日、同脚本家の「それでも、生きていく(満島ひかり/瑛太/風間俊介」を観た。2011年作品。
満島ひかりが全く変わっていない。
対話や食事シーンの妙技が「カルテット」を彷彿とさせる。

「それでも、生きていく」は少年犯罪というかなりシビアなもの。
「カルテット」も犯罪がらみだ。

とはいえ、「カルテット」のメインテーマは、
あくまでよりみち的にだが、
「夢」だ、というように鑑賞した。

カラオケ屋で出会った4人は、それぞれ弦楽器の奏者。
プロにはなれていない。世界で活躍できていない。
その4人が、カルテットドーナツホールという四重奏楽団を組み、
軽井沢で協同生活をしながら活動を始める。

演奏をさせてもらえることになったライブレストランのオーナー夫妻(富沢たけし・八木亜希子)は、犯罪だけはいやだ、と最初に伏線をはる。
ところが、ここで演奏していた余命9か月のピアニストは、病気でもなんでもない詐欺師だった。
しかしそこに4人は、自分たちと同じ、うだつの上がらない老演奏者の姿を見る。
というのが第1話。4人はその後釜に収まる。

真紀(松たか子)は、夫(宮藤官九郎)に疾走されていた。夫の母親(もたいまさこ)は、真紀が息子を殺したと思っている。
夫は本当に疾走していたのだが、それは、真紀がバイオリンをやめて家庭に入ってしまったからだった。夢を追いかけていない真紀のことを好きではなくなっていた。

第6話で夫が現れるが、コンビニ強盗で自首をすることになる。
そして、二人は離婚。

その後、警察の登場で、真紀が真紀ではないことが判明。
戸籍を買っていたことを仲間に打ち明ける。
複雑な家庭の事情があってのことで、夫は真紀の無実を信じている。

恋バナとしては、別府(松田龍平)が真紀のことを好きで、すずめ(満島ひかり)が別府のことを好き。真紀は別府のことを好きになったりはしないが、第8話で、すずめは別府と真紀の仲を取り持とうとする。
好きな気持ちを圧殺しながら、それでも自分で取り持ったコンサートデートが気になって様子を見に行ったりする。
満島の感情表現が素晴らしく、こちらも胸が痛くなる。

メインテーマは「夢」だと書いた。
おそらく、夢追い人たちの胸にぐさりとつきささったのは、
第5話だろう。
別府の弟のつてで、音楽フェスティバルに参加する誘いがきた。
そこで、プロデューサーが言う一言「志のある三流は四流だ」と。
4人は、二流でもなく、三流だけど、志、夢を持っているがゆえに四流になるわけか。
そうか、二流まではプロ、なのかな?音楽だけでメシが食える。

一流とか二流とかって、何だろう。
という素朴な疑問を抱いた。
例えば、演奏なら、上手とか下手の基準は確かにあるだろう。テクニック。
でも、それだけなのかな?
だれが決めるんだろう。
一流どころ?
世間的評価?
それってなに?
生活できること?稼げるってこと?
ものすごい賞を取っていて、ものすごく有名なピアニストでも、
エゴの音が耳と心に触る演奏もある。個人的にだけど。
好き嫌いはあるだろう。
ゆえに、好きという人が多い人が一流なのか?
でも、半分以上は、そう思わされているだけかもしれない。
高級肉の偽装が発覚したことがあった。
自分の舌は一流だと思っていた人たちも、騙されて、高額を支払って食してたわけだよね。
やっぱり一流は違うな、と言いながら。
舌も耳も、もしかしたら、心とは違うのかも。

4人は、アルバイトをしながらレストランでの演奏も続ける。
夢も語り合う。
いつかコンサートホールを満員にしよう、と。

そして最終回、
真紀は出頭し、釈放されるがカルテットを去る。
1年後、真紀を探す3人。
ようやく見つけると、真紀も再び3人と演奏したいと思う。

念願だった大ホールでの演奏会をしようと持ち掛ける真紀。
無理でしょう、と3人。
自分は、今週刊誌で騒がれている有名人だから満席になるだろうとけしかける。
その通りに。
このホールは、以前、四流以下と言われたホール。
そのとき、真紀はその仕事を断ろうとした。自分みたいな下手くそが弾いたら、フェスティバルが台無しになる、生卵投げられる、と。
今回、週刊誌沙汰になったあとの演奏会では、空き缶を投げられた。
生卵でなく空き缶だった。

この物語で、一番悪いヤツに見えたのは、
レストランの従業員だった有末(ありす・吉岡里帆)
色仕掛けで誘惑したり、真紀の大切なバイオリンを盗んで売ろうとしたり、
結局レストランをクビになるが、
なんと、大ホールの演奏会に、大金持ちの外国人とともにリムジンでやってくる。
薬指の指輪を見せながら高笑いする。
「人生ちょろかった」と。

この娘の「夢」は何だったのだろう。お金?裕福な生活?優越感?
ある種の人たちにとっては「人生はちょろい」のだろう、たぶん。
そう思っている輩も、意外といるはずだ。

4人が再び練習を始めるシーン。
これからの自分たちの仕事(生活のための)の話。
そしてこんな対話。
家森(高橋一生)
「1年前にもこんな風にして話してたじゃないですか。好きなことを趣味にするのか、夢にするのか。趣味にしたら幸せだけど、夢にしたら泥沼で。ちょうど今、そのときが来たんだと思います。夢が終わるタイミング。音楽を趣味にするタイミングが向うから来たんです」
別府(松田龍平)
「この1年無駄じゃなかったと思います。夢は必ず叶うわけじゃないし、諦めなければ叶うわけでもないし。だけど、夢見て損することはなかったなって、ひとつもなかったんじゃないかな、って思います」
すずめ(満島ひかり)
「休みの日にみんなで集まって、道で演奏するのもいいんじゃないですか?誰が聴いてても聴いてなくても、わたしたちが楽しければ」
真紀(松たか子)
「コンサート、コンサートやりませんか?」
ここで、大ホールでのコンサート計画が持ち上がる。
そんなすごいところにお客さんが来てくれるわけがないと否定的な3人に向かって真紀は言い放つ。
「私はニセ早乙女真紀ですよ。疑惑の美人ヴァイオリニストですよ」
その人たちは音楽を聴きに来る人たちなのか?の問い掛けに、
届く人には届く、と、全員で納得。

空き缶を投げる人もいる、途中で帰る人もいる。
けれども、最後までいて、大いに楽しんでくれる人たちもたくさんいた。

ライブレストラン「ノクターン」も、真紀事件のあおりを受けて店じまい。
「割烹ダイニング」として再開店。
そして、カルテットドーナツホールに演奏させてくれている。
ステキな夫妻だ。

ドラマ研究家の古崎康成‏さんのツィートにはこうある。
 『カルテット』は最終回それなりに「閉じよう」と思えば閉じられるところを敢えてしなかった。彼らにはいつまでも旅をし続けてもらう。世間から忌み嫌われようと今もしっかりどこかで楽しく生きている。そういう「閉じない」未完のままの締めがふさわしい、ということなのかも知れない

最後の最後、砂浜。次の仕事場所へ向かう4人が道に迷っている。
「問題のあるレストラン」(主演/真木よう子)も、最後は、砂浜だった。
新たにみんなでまたはじめよう、という希望のシーン。

迷いながらも歩き続ける。
世間的ルールに縛られずに自由に。
ときにそれは、人からバカにされるかもしれない。批判されるかもしれない。罵倒されるかもしれない。いわゆる成功じゃないかもしれない。四流かもしれない。
それでも、前進していく。

早乙女真紀は、やっぱり夢を見続けることのできる人だったんだ。
つらい過去を乗り越えて。

そして4人の物語はまだまだ続く。
ああ、もう終わっちゃうの?
先が見たい。もっと見たい。
そんな風に感じ、声に出して言っていた。

続編ではなく、
このままもっと見たい、続けて!物語って!と思わず思ったドラマは、
はじめてだ。

松たか子/満島ひかり/高橋一生/松田龍平
良かった。
高橋一生がちょっと浮いている感じもあったが、
それがかえって、さらに4人の個性を引き出していたのかもしれない。
なにしろ、松たか子がすばらしい。

ブラボー!カルテットドーナツホール!


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こんにちは。よりみちねこです


「嫌われる勇気」フジテレビ
香里奈/加藤シゲアキ/椎名桔平


犯罪捜査ドラマ。
犯罪者が犯罪にいたる心の動きをアドラー心理学で読み解く。
庵堂蘭子刑事(香里奈)自身の行動も、アドラー心理学に基づいている。
「全ては自分の課題である」がモットー。

人目を気にせず、自分の思うこと、好きなことをすること。
嫌われないかと周囲に合わせたりすることは、本当の自分を生きていないということ、
そういうことを言いたいのだろう。
それが、どう刑事ドラマと結び付くかと期待していた。
蘭子は蘭子の捜査方法で捜査する。それが「自分」。

アメリカの犯罪捜査ドラマ「クリミナル・マインド」では、
心の奥底に潜む犯人の心の動きだけでなく、行動の背景となる生い立ちときっかけをプロファイリングする。
「嫌われる勇気」では、そこまで描いていない。
日本では、なかなか難しいのかもしれない。
もったいない。
アドラーまでたどり着いたのなら、ぜひそこまで描いてほしかった。
というか、これから、そのような犯罪捜査ドラマが日本でも放送されたらいいな、と思う。

個々は自律しているが、
自律している個々は、影響し合っている。
何もないところには何も起きない。
刑事ドラマではないが「わたしたちの教科書」(脚本・坂元裕二/主演・菅野美穂 伊藤淳史)では、その辺りが巧みに描かれていた。

最終話で解決するのは、幼い蘭子の誘拐事件と刑事だった父親と真犯人の関係。
これは、通奏低音。
最近、こういう手法をよく見かける。
つまり、登場人物のごく普通の仲間のなかから真犯人が現れる。
しかも、まったく伏線らしきものがない。
あまりにも唐突。
こういった意外性、驚愕も面白いことは面白いが、あまりに唐突だと興醒めしないでもない。
あ、やっぱり、とか、あ、そういうことかぁ的感情移入がいささかでもあると、戦慄感が増す。

蘭子が故意に忘れている事件当時の記憶を思い出すために、
教授(椎名)とともにワークする。
「犯罪心理学における文脈再現」
教授の質問にしたがって事件のあったときを順を追って思い出していく。
この手法は、「クリミナル・マインド」でもよく出てくる。
「クリミナル・マインド」では、捜査官とともに、目を閉じて辿る。

事件は解決するが、
最後の最後の演出。これ、どうなんだろう。
相棒の青山(加藤)が 、え?もしかして死んだ?と思わせる映像。
そこまでしなくても、と、これも呆れた。

次回作があるのなら、レベルアップに期待する。


「大貧乏」フジテレビ
伊藤淳史/小雪


ラブコメサスペンス。
なかなか面白かった。

詐欺的倒産で失った社員たちのお金を取り戻すまでを描く。
子どもの描き方が今一つだと思っていたが、
ま、この程度で仕方ないのかな、と、許容。

いったい一番の悪人は誰か。
やっぱりこいつか、と裏切らない。
最初はいい人っぽかったけどね。

こういうサスペンス入りドタバタドラマがあっていいと思う。

タイトルで損している。
もう少し、気の利いたタイトルはなかったのか。

伊藤淳史も、すっかり役者として成功してきた観がある。
安定している。

日本のドラマにはユーモアや笑いが少ないが、
伊藤はキャラ的にそれができる役者かもしれない。
単にドタバタすればいい、というものでもないが。


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こんにちは。よりみちねこです

2017年冬ドラマも続々最終回。

「嘘の戦争」
フジテレビ
草彅剛/大杉漣/市村正親/藤木直人/安田顕
水原希子/山本美月


草彅剛の迫真の演技。
視聴率も10%を切ることなく、順調に最終話を迎えた。
よりみち的には、同じ復讐ものなら「アリスの棘」(主演/上野樹里)のほうが高評価。

30年前、保身のために人を使って殺人まで犯してしまった仁科コーポレーション会長・仁科興三(市村正親)は、ドラマ的にもまれにみる極悪人だ。救いようがない。
いや、その人生の背景を描けば、同情の余地を創り出すことはできるのかもしれないが、会社と家族を守るため、というだけでは、あまりに薄っぺらい。一番大切なものは「娘」というのも、ありがちな設定だ。

一ノ瀬浩一(草彅剛)は、幼いころに、仁科の差し金で、目の前で両親と妹を殺された。
そして、一家心中だったと嘘の証言を無理やりさせられた。

ゆえに、浩一は「嘘」が嫌いなのだが、浩一の仕事は「詐欺師」。

人は多かれ少なかれ、誰でも「嘘」をつく。
自己保身。誰かを守るため。見栄。騙して得するため。
悪意なのか善意なのか。
いずれにせよ、「嘘」は「嘘」だ。

政治の世界は嘘の横行だ。
近頃は、平気で嘘をつくという厚顔無恥。
犯罪がらみの「嘘」は許されることではない。

浩一が幼いとき、病院のベッドの上で「つかされた嘘」。
その「嘘」が浩一の命を守った、というのもまた事実であった。
殺されずに済んだ。

一ノ瀬は、事件に関わった人々を次々と懲らしめていく。
そして、仁科会長にどうしても謝罪させたい。
最終話では、なんとかそこまで行きついたが、あまりしっくりしない結末だった。

中盤からのストーリー展開は、もうすこし、テンポよく進んでもよかったのかな。

仁科家の人々の思惑や立ち位置も、今少し目獠さにかける。

第9話はよかった。
浩一の恩師で、父の医師時代の親友・守(大杉漣)も、実は30年前の事件の真実を隠していたひとりだったことを知って、復讐を企てるが「許す」というエピソード。
浩一も自らの思い出を大切に守った瞬間だった。

もうひとりの元メンバーの主演ドラマよりもこちらを断然応援していたが、
草彅には、もう少し分かり易いソフトな役柄のほうが合っているのかもしれない。
よりみち的感想。


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こんにちは。よりみちねこです

「わたしたちの教科書」
2007年春期フジテレビ
脚本/坂元裕二
菅野美穂/伊藤淳史/真木よう子/谷原章介/風吹ジュン
志田未来/谷村美月/ 冨浦 智嗣


ちょうど10年前のドラマ。
坂元裕二といえば、
「問題のあるレストラン」(2015年冬期)「カルテット」(2017年冬期)など、
 最近もその天才性を発揮している脚本家だ。
ヒューマニティ社会派ドラマと言えるだろうか。
坂元の作品は、その対話、セリフに見ごたえがある。言葉のひとつひとつがよく練られている。
「対話劇」とも言われている。
「問題のあるレストラン」も「カルテット」も、根底のテーマは重い。
が、ユーモアが散りばめられている。コメディタッチ。

ところが「わたしたちの教科書」には、笑いの部分がいっさいない。
最初から最後まで極めて深刻だ。
涙と重圧のみ。
いじめと学校。 

「先生、世界を変えることはできますか?」
そんな言葉を、
臨時教師として喜里丘中学校へ赴任してきた加地 耕平(伊藤淳史)に遺して、
校舎の窓から転落死した生徒・明日香(志田未来)。
弁護士・積木 珠子(菅野美穂)の離婚した夫の連れ子だった。

加地は、明日香から駅のロッカーのカギを託された。
ロッカーのなかには、明日香のカバンと「死ね」などのいたずら書きをされた教科書があった。
珠子と加地は、いじめが原因で自殺したのではないか、と調べ始める。
珠子は、学校を告訴する。
学校側の弁護士は珠子の恋人・直之(谷原章介)。
雨木副校長(風吹ジュン)は、本校にはいじめはない、と言い張り続ける。
「ソロモンの偽証」(宮部みゆき)では、生徒たち自らが学校内裁判を開き、ひとりの生徒の死の原因を追究するが、こちらは、実際の法廷での裁判。
 
かなりしんどいドラマだ。
生徒のいじめ。
先生同士のいじめ。
生徒も先生も、それぞれに秘密や事情、悩みなどを抱えている。

それぞれがそれぞれに、それぞれの行動の理由、背景を持っている。
そこまで丁寧に描かれている。
実は雨木副校長の息子はいわゆるシリアルキラー。
その理由は、悪いヤツを処刑する、というものだった。
そうやって、母親を助けようとしている。
それ以外にいじめをなくす方法はない、と。

明日香の親友だった朋美(谷村美月)が最後の証人として明日香の転落死までの経緯を語る法廷場面が圧巻だ。
現実の世界では、ここまでの裁判が行われたら、逆に告訴した側が批判を受けるかもしれない。
しかしだからと言って、いじめはなかった、で終わりにしていいのだろうか?
子どもたちを守るためだという責任転嫁と偽善。
坂元裕二は天才のその筆で強烈に問いかけてくる。

大人たちの「嘘」が、結局は子どもたちの心を蝕んでいく。
それが、子供たちの不健全な行動の背景となっている。

正義とは何か?
はっきりと答えることはできない。

しかし「訳を知ること」が大事なのではないだろうか。

10年前のこのドラマ。
今こそ見るべきドラマかもしれない。
最近は、おちゃらけたドラマの視聴率が高いようだが。

救いようのない物語、それが第一印象。
そして、そのまま物語は進む。
さらに思う。世の中悪いヤツばかりだ。
ところがこの暗いドラマに、心底悪いヤツはいない、ということが最終話に近づくにつれ見えてくる。
ひとりひとりの行動は、結局誰かを守るためにしていることに過ぎない。ときにそれは自分。
珠子の夫が突然姿を消したのも、若年性認知症と診断されたからだったと、後から知る。
ずっと恨んでいたのに。
だから、明日香を施設に入れてしまった。冷たく当たった。
言わなければ分からない。
たったの一言がなかったために、生涯苦しみを抱えたままという人たちが、世界には大勢いるのかもしれない。
単なる誤解が仲たがいを生むこともある。

「めんどうだから」という理由で何も解決しないでやり過ごす日本人。
そういった態度こそクールでエリートだと思っている勘違い人間も多い。
話し合う、という習慣がない日本人。
問題提起をする人はうるさがられる。
いじめの現場だけでなく、あらゆる社会的シーンでみられる「おとなになりなよ」。
「空気を読む」だけで理解し合ったり、尊重し合ったりすることはできない。
「見なかったことにする」「知らなかったことにする」「そもそもなかったことする」
そんな風に身近な社会も国も動いていないか?


犯罪は悪いことだ。いじめも悪だ。嘘も悪い。
誰かを守るためにしていることが、ほんの一部の人の「自分のため」によって、罪がさらに大きくなってしまうようだ。

最終話で学校に押し入ってきた雨木の息子。彼の言動に全てが集約されているのかもしれない。
いじめを働いている生徒にナイフを突きつけながら、教師たちの秘密を暴露する。そして、こいつの代わりに死ねるヤツはいるのか?と脅迫。しかし、母親は殺したくない。でも一番分かってほしいのは、おそらく、母親なんだろう。



金八先生を目指して教師になった先生は多い。
加地もそのひとり。が、次第に副校長に洗脳されていく。
「本校にはいじめはありません」。白を白と言えない、黒を黒と言えない世界。
「言わない」ようになり、そして最後には「言わせない」人間になる。
その表情の変化を、伊藤淳史は巧みに演じてくれている。
物語前半で、珠子に協力して謎解きをしようとする加地。
このドラマの翌年2008年から始まるフジテレビ「チームバチスタシリーズ」(脚本/後藤法子)の心療内科医・田口につながる役どころとなっている。「チームバチスタ」では、仲村トオル演じる厚生労働省の官僚・白鳥の相棒として、殺人事件を解決していく。

菅野美穂も、2010年日本テレビ「曲げられない女」(脚本/遊川和彦)で再び弁護士役。正確に言えば、弁護士を目指している正義感の「超強い」女性。
ここでも谷原章介と共演。


余談的素朴疑問。
なぜ副校長の苗字は「雨木」なのか。
なぜ積木珠子は「たまこ」なのか。
「問題のあるレストラン」は、男社会の男たちたちと闘う女たちを描くコメディドラマだが、ここで告発される社長は雨木太郎(杉本哲太)。この人は、かなりの極悪人。
真木よう子演じる主人公は、田中たま子。
いや、逆だ。
「わたしたちの教科書」のほうが8年も早く制作されているのだから、
どうして社長は雨木で、田中はたま子なのか。
どちらも「雨木」vs「たまこ」だ。


「わたしたちの教科書」冒頭。
教室を抜け出していた明日香が木の下で本を読んでいる。
そこへ来た加地に言うセリフ。
この世界では、一日に120兆円のお金を使って毎日戦争が行われています。
空爆で戦争に巻き込まれる子供や自ら銃を持って戦争している子供がいます。
私と同い年の女の子が兵士より先に地雷原を歩く仕事をしています。
私とその子はどこが違うんでしょうか。
食べるものがなくて死ぬ人がいるのに、食べ物を捨てる人がいます。
1秒間にサッカー場1年分もの緑が消えても温暖化で南極の氷がとけても、それでも人は去年買ったばかりの服を流行おくれだと言ってゴミにします。
どうしてですか?
先生は幼稚園のときに習いませんでしたか?
けんかをしてはいけません。
人のものを取ってはいけません。
物を大切にしよう。
動物や草花をかわいがろう。
たったそれだけのことをみんなが守っていれば、
世界はこんなことにならなかったんだと思います。
どうしてですか?
どうして幼稚園児にも分かることが、大人になると分からなくなるのですか?
先生、世界を変えることはできますか?



世界を変えるにはまず自身から、と
マイケル・ジャクソンも生前歌っていた。


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こんにちは。よりみちねこです


「お母さん、娘をやめていいですか?」
NHK
主演/波瑠 
出演者/斉藤由貴・柳楽優弥・寺脇康文  他


 
ハッピーエンドでよかった。

「毒親」とひと言でいっても、いろいろだ。
ひたすら傷ついている娘(息子)もいれば、
このドラマのように、互いに依存し合っている関係もある。

このドラマに登場する母・顕子(斉藤)と娘・美月(波瑠)は、後者だ。
美月は、高校の英語教師。この年になるまで、自分と母の異様な関係に気づいていなかった。
家の新築をきっかけに気づきはじめる。

二人は仲良しに見える。
母も娘をいじめるわけではない。つらくあたることもない。
むしろ娘のために一生懸命・・・のように見える。実は自分のため、なのだが。
娘のほうも、実は自分の意志を抑えて、母に合わせてここまで生きて来た。
まるで母の「人形」。
物語のなかで顕子は人形作家であるのは象徴的。
それで波風が立たないのであれば、それはそれでいいのかも。
ふとそんな思いも過らないか?虐待されているわけではないのだから。

実際、美月の生徒のひとりは、肉体的にも言葉でも虐待を受けている。
なんとか彼女を助けようとする美月。うまくいかない。
美月が母親べったりなのすら、生徒・後藤礼美(石井杏奈)に見透かされている。
美月と 礼美は、ストーリー展開のなかで、互いに影響し合いながら、自律していく。

人が「そうなってしまう」のには、それなりの「背景」がある。
顕子も、自分の母親がいわゆる「毒親」だった。
非難され続けて育ってきた。
勉強も仕事も結婚も。あらゆることが失敗だった、と。
その分、顕子は自分の娘には言葉の暴力は振るわないようにしようと決めていたのだろう。

その結婚は、顕子自身も、本当に結婚したかった人と結婚できなかったという思いが残っている。
そのうえ夫・早瀬浩司(寺脇康文)は、家庭を顧みない 典型的な仕事人間だった。
いや、故意にそうしていたのかもしれない。
その夫もリストラにあい、次第に妻と娘の異様な関係と様子に気づきはじめ、
自らを振り返り始める。娘の幸せのために。

与えてもらえなかった愛を誰かに与えることはできない。
与えてもらえていないので、いつまでももらおうとする。

このドラマの母は、叶えられなかった願望を娘に置き換えている。
娘の人生をともに生きることで自分の心を支えているのだろう。
なので、思い通りにならなくなったときが、分岐点だ。
恋人の出現。
美月を取り戻そうと必死になる顕子。

美月の恋人・松島(柳楽優弥)もまた、母との関係に不具合があり、もう長いこと会っていない、という事情があった。それゆえ、美月と母の異様な関係に気づいて、助けようとする。
松島もその過程で、自分と母との実際に向き合うことになる。

顕子は、夫から愛を受け取っていたら、もしかしたら、娘に固執することはなかったかもしれない。
夫から理解されていたら・・・。
その日がようやく訪れた最終話。
こんなに簡単な解決は、実人生ではあり得ないだろうけど、愛と理解を感じたときに救われる、という解決方法が提示されている。

他人事ではない。
こういった関係は、あらゆる人生のシーンで見かける。
このドラマでは「犠牲者」は「娘」だった。顕子も美月も。
顕子の母の人生までは描かれていなかったが、この母もまた犠牲者だったのかもしれない。
家族内で起きていることは、他所へも広がる。
自らの家族のなかで補償も復讐もできないとき、そのターゲットは他者へ向かう。
友人、同僚、部下、見知らぬ人・・・など。
いささか異様なタイプの人に悩まされているときは、その人の背景に病的なものがある、トラウマがある、悲惨な出来事がある、愛されて育っていない、間違った愛の与えられ方をしてきた、という想像をして、諦めることが肝心だ。
手を差し伸べてあげることもできないこともないが、なかなか難しい。
自分で自分が見えていないので。

誰にでもその要素はある。
これほど重く長く留まっていなくとも、
会社で我慢していることを、他所で発散する、
家で我慢していることを、学校で発散する、
などなど。
会社も電車内も、通りも、こんな人であふれている。

さらに広げれば、国家からの影響を人々は受ける。
それが国家間にも広がって、最悪は戦争になる。

本当の愛は「尊重し合うこと」だと思う。

「不幸の手紙」を「ペイフォワード」に変えていかなければいけない、
と壮大な結論にまで思いを馳せました。

共依存から抜け出たばかりの人は、
よみがえってしまうかもしれないので、
観ない方がいいかも、
ということだけ付け加えておきます。
癒しにはならないと思うので。


ドラマを楽しもう



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