よりみちねこのドラマカデミア

よりみち視点でドラマをアカデミアするよ。

2018年03月

よりみちねこのドラマカデミアへようこそ!

「家族の旅路」東海テレビ制作(放送フジテレビ 大人の土ドラ2018年2月3日~3月24日)
滝沢秀明/谷村美月/益岡徹/いしのようこ/片岡鶴太郎/横山めぐみ/遠藤憲一


親が我が子に抱く愛の大きさを描く犯罪捜査ドラマは意外とある。
そして、それは「名作」となるものが多い。
「家族の旅路」も、私のなかではその類のドラマとして位置付けた。

小説原作のドラマ。小説は読んでいないので、ドラマとして純粋に興味深く視聴。

私の感想の流れ
①冤罪の話かぁ
②子供入れ替えの話かぁ
③恋愛感情を抱いた二人が実は兄妹だった話かぁ

④親の子への愛の物語だった

③で終わるのかな、と思ったときは正直「なぁ~んだ」と思った。
(そこの悩みはあっさりと過ぎて、最後は兄として妹を守ると宣言。というか③のくだり必要だったのかな。母親の戸惑いを表現するには必要だった、のかな……。でも兄妹と分かったからといって、好きになった人を急に兄妹として感情を変えることができるのかな、という疑問も多少あって少し違和感)

親が子を思う強い愛情と、それによって複雑化してしまった家族たちと犯罪の経過を描いた物語なのだな、と納得したのが最終話からひとつ前のエピソード。
最終話もよくまとまっていたと思う。

死刑囚・柳瀬(遠藤)の冤罪を調べていくなかで、自分の本当の素性を知ることになる弁護士・祐介(滝沢)の苦悩と正義感と許し。
柳瀬が、元妻・あかね(横山)との間の息子・光男を大富(おおとみ)家に預けたその日、
柳瀬が戻ると、大富家では父母祖父息子・祐介が殺されていた。光男は無事だった。柳瀬は光男を置いて、祐介の遺体を光男として連れ去る。その後、光男の行方は分からなくなっていた。
つまり、大富祐介は死んでいた。柳瀬は自分といっしょにいても幸せになれないであろうと想像する自分の息子・光男を、話に聞いていたアメリカにいる大富家の妻の妹夫妻が光男を育ててくれるだろうと予想、期待して、祐介を光男として連れ去ったのだった。
逮捕された柳瀬は、自分が犯人ではないとなれば、そこから捜査がはじまって光男のこともばれしまうと思っているので、自分の犯行だと自供し、死刑囚となっていた。
真犯人は、あかねの再婚相手だったのだが、あかねもまた、自分の娘を思いやって、真実を隠し通していた。

その事件から30年後、祐介(光男)が、弁護士として柳瀬の前に現れ、
死刑執行の間際で免罪を勝ち取る。
その間に、祐介は自分が光男である事実に自らたどり着く。


冒頭、
親が我が子に抱く愛の大きさを描く犯罪捜査ドラマは意外とある。
そして、それは「名作」となるのもが多い。
「家族の旅路」も、私のなかではその類のドラマとして位置付けた。
と書いた。
このドラマでは、主人公が「子」のほうなので、そちらに視点を置くと別の感想が生まれるかもしれないが、
私は、前者の視点、柳瀬の視点のほうをより強く感じ、同種の他の犯罪ドラマを思い出した。

「相棒 シーズン9」10話元旦スペシャル「聖戦」は、
交通事故で殺された(死んだ)息子の復讐を企てる母親の話。
南果歩の狂気の演技が真に迫った作品だ。
「クリミナル・マインド シーズン6」20話「傷を負った女」では、
交通事故で死なせてしまった(死んだ)幼い息子を思って精神を病み、殺人を犯しながら別れさせられた夫のもとへ行って息子の誕生日を祝おうとする母親の話。この女優も好演していた。私も最後は泣いてしまった。

どちらも、許されない犯罪ではあるのだが、子どもを失った母親のとてもとても悲しい物語だ。
同情を禁じ得ない。

「家族の旅路」の柳瀬と同じ設定、つまり無実の罪を背負い、甘んじて死刑囚となることで自分の子を守る親の話で思い出すのは、
「クリミナル・マインド シーズン2」14話「死刑へのカウントダウン」だ。
《1990年に12人の少女の誘拐・殺害と、息子ライリー殺害の容疑で逮捕されたジェーコブ・ドーズとサラ・ジーン・ドーズの夫婦は死刑判決を受け、執行が迫っていた。ところが13人目の被害者がサラ・ジーンの母親の自宅下から発見され、新たな犯行の有無を調べるためBAUは最後の面接のためフロリダ州に向かう。(「スーパー!ドラマTV」より)》
息子ライリーの遺体がみつかっていないことに不信を抱き、サラに遺体の場所を尋ねるが、教えない。
実はライリーは生きていて、養子に出され幸せな人生を送っていた。
サラはシリアルキラーの夫からライリーを隠したかったのだった。
サラの罪は息子殺しだけ。しかも殺していないのだと分かったBAUのメンバーたちは、なんとか死刑をとめようとするが、本人が死刑を望んでいる。
ぎりぎりのところで息子の存在も確認。証拠はそろった。
だが、サラは生きることを望まない。そっとしておいてほしいだけ。息子の幸せを壊してほしくない。
そして、BAUのギデオン捜査官はサラの気持ちを受けいれ、死刑は執行される。
悲劇の名作だ。

これ、日本だったらどのような結末にするだろう、とふと思った。
冤罪にするのかな。
やっぱり「家族の旅路」のような結末のほうが好まれるかもしれない。
「クリミナル・マインド」のほうは、ハッピーエンドではない。
いや、もしかしたら、アメリカ人には理にかなった終わり方なのかな?
「グリーンマイル」もそうだった。こちらはファンタジーだけど。
免罪の話では「ショーシャンクの空に」もあった。
親子の愛とは違うが、どちらも名作。

「家族の旅路」はハッピーエンド。
良い悪いではないが、水戸黄門的な結末が日本的といえば日本的。
問題を出して、答まで提示、ときに押し付けてくる感じです。



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「隣の家族は青く見える」フジテレビ木曜夜10時
深田恭子/松山ケンイチ

最終話


簡単に言えば「めでたしめでたし」の最終回。

コーポラティブハウスの4家族が、それぞれの人生をポジティブに受け止めて発展。

ドラマ評論をする何某さんが、
このドラマは「妊活」のドラマだから、もっと「妊活」を掘り下げてくれればいいのに、焦点がばらけれしまってだめだ。
と2話目放送くらいで酷評していた。
ので、てっきり漫画原作のドラマだと思い込んでいたが、いや、最終話、今の今までそう思っていた、どんな勘違いだったのだろう。
中谷まゆみ脚本のオリジナルドラマだった。
だったらどうして、妊活ドラマだと決めつけたのかな???
そう聞こえた。

とにもかくにも、私は、純粋に「この木曜ドラマ」を楽んだ。
「多様性」について、コメディータッチで描かれていた。

「不妊治療」「子供と夫婦」「仕事」について、つまり多様な生き方というものを互いに認め合うこと、価値観を更新していくこと、そして何より「好きな生き方ができるんだ」ということが柔らかく、問題も提示しながら表現されていたように思う。
「同性婚」「事実婚」「養子」などなどの公的な手続きついても「へぇ~」とはじめて知ったことも多かった。

と、ふとホームページを見ると、なんとこのドラマ、「厚生労働省」とタイアップしてたんだ!
最終話で気づくなんて。内容から頷けますが。
官庁とのつながりは批判されることもある。つまり、全体主義的なよくない方向への心理誘導や洗脳ということもあるので、私も基本的には賛同しない。そちらのほうが多いというのが歴史なので。
でも、このドラマに関しては良かったと思う。「多様性」とそれにまつわる事々、当事者たちには様々な解決方法を教えてくれるし、周囲の人々にはその認知を促してくれる。

厚生労働省のホームページにはこんな一文もあった。
「明るい社会を目指して、本企画を通じて広く国民の皆さまへ伝えていきたいと考えています。」

 さて、この4家族。

「男同士のカップル」広瀬渉(眞島秀和)/青木朔(北村匠海)
朔が「高校認定試験」に合格。
合格してないと思っていた渉は、この試験は合格した科目を徐々に増やしていけばいいんだよね、と解説もしてくれる。
区役所で「パートナーシップの宣誓」をする。
戸惑っていた渉の母も朔の思いやりに心をほどき、お祝いに駆けつける。
「養子をとれば孫だってできるよ」と朔が言うと母は喜ぶ。

「子どもを作らないカップル」杉崎ちひろ(高橋メアリージュン)/川村亮二(平山浩行)
「子の氏の変更許可申立書」で、交通事故で亡くなった別れた妻の籍に入っていた息子の姓を川村にする。
「事実婚契約書」を行政書士につくってもらった。
「遺言公正証書」もつくった亮二。
何考えてんのと驚くちひろに、ちゃんと考えたからつくった、という亮二。自分は相続なんていらない、と言うちひろに、それだけじゃない、もし自分に何かあったとき亮太(息子)のこともちひろに託せるから、これが自分なりの家族の守り方だ、と。「亮二がいなくなるなんて考えたくもないし、財産分与もいらないけど、あの子がまた自分の居場所をなくしてしまうのだけは避けたいから」と承諾するちひろ。

「幸せを装う夫婦」小宮山深雪(真飛聖)/小宮山真一郎(野間口徹)
真一郎は、塾の仕事を見つける。同時に公民館での「学習支援ボランティア」も続けている。
深雪は、娘に中学受験しなくていいと告げる。行きたい中学にいきなさい、と。中学受験さえ乗り越えればあとは苦労しないで済むと思ってたけど、そんなわけないよね。むしろ苦労したり失敗したりすることも人生にとって大事だ、と。
離婚を受け入れていた深雪だったが、このあと二人はよりを戻す。
真一郎は、深雪の子どもたちへの愛情を思い知る。商社時代、家庭を顧みていなかった真一郎。
お互いの心がほどけ合った。

「妊活カップル」五十嵐奈々(深田恭子)/五十嵐大器(松山ケンイチ)
流産して、大器の子供を産めないと思った奈々は、離婚を申し出て家を出る。
大器の母の励ましもあって、帰ってくる奈々。
しばらく治療は休んで「子どものいない人生」のことを考えてみよう、と提案する大器。
子どものいない人生は耐えられるけど、奈々のいない人生は耐えられないよ、と。
「妊活」の大変さや、そのステップ、補助金制度など、ドラマのなかで教示してくれた。
物理的なことだけではなく、女性の心理、夫婦の心理が丁寧に全話を通して描かれていたと思う。

奈々と大器は、妊活を休み、二人の生活を楽しむことになった。
最終話で「子どもができた~」だけがハッピーエンドではない。
つまり、様々なタイプの生き方があり、様々なタイプの夫婦やカップル、家族がいて、そしてそれを互いに尊重し合っていく社会、それがまさしく
厚生労働省が言うところの「明るい社会」なのではないかな、と思う。
最近は官僚のイメージが悪い。
このドラマの最終話の翌週2018年3月27日は、佐川宣寿元官僚の証人喚問がある。
文部科学省でも、前川喜平元官僚の言うところの「不当な支配」が教育現場に対してあった。
官僚は、政治家の下僕ではなく、国民の公僕としての役割をはたしてほしい。

あ、そうそう。
前に書いた、深雪のフェイク友人インスタグラム。
予想通り最終話で、コーポラティブハウスの本当の仲良しインスタグラムになった。

追伸
視聴率は悪かったようだが、良いドラマだった。
ドラマタイトルで損しているような気がしないでもない。
とくに隣の家族を青く見ているわけではないので。
The grass is always greener on the other side of the fence.
の感覚で見始めた人は、あれ違う、と思って視聴をやめてしまうかもしれない。
また、いわゆるそういった嫉妬的なものは見たくない人は最初から見ない。
また、冒頭の批評家のように、不妊治療をしているのが主人公夫婦なので「妊活ドラマ」だと思ってしまった人は、物足りなく思ってしまうかもしれない。




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「anone」日本テレビ水曜夜10時
広瀬すず/田中裕子

最終話

「anone」が終わった。
どんなふうにけりをつけてくれるのかな、と思っていた。
けっこう普通だった。
けれどもこれは決して批判ではない。

坂元裕二の、これ以前の問題作と言われている2作品「Woman」「Mother」を観ていないので、「anone」がその集大成だと言われているなか、そのあたりのまとめはできない、ということはある。

坂元作品のなかで、私は、
「カルテット(2017年TBS)」「問題のあるレストラン(2015年フジテレビ)」の大ファン。
実はなかなかシビアな現実を描いて突き放してはいるのだが、希望を見失わないでいられる作風でもある。どちらも登場人物たちのこれからをずっと見ていたい気分にさせられた。別れるのが寂しいくらい。
「わたしたちの教科書(2007年フジテレビ)」「それでも、生きていく(2011年フジテレビ)」は、かなり深刻で重い。未成年者のイジメ・学校教育問題と殺人事件を扱っている。

「anone」は、どちらかというと前者のほうに近いように感じた。
彼らは犯罪者にはなってしまうのだけれど、
出所して、最後は、例の疑似家族で暮らしていくことになる。
「疑似」というのは「いやいや」という意味ではなく、いわゆる「家族」というものが「血縁」という定義をしたときに「血縁」ではないという意味で。

このドラマのメインテーマは「嘘」ということらしい。
第9話のよりみち評を書いたとき、私もそこに焦点を合わせた。
偽札は、うそのお金だ。
登場人物たちのそれぞれの「愛」の思いが、そこへ到達した。

今話では、亜乃音(田中裕子)の母性愛、ハリカ(広瀬すず)と彦星(清水尋也)の純愛、青羽(小林聡美)と持本(阿部サダヲ)の最後の熟年愛……、それらの結末を見せてくれた。彼らは、しっかりと自分の人生を受け止めたようだ。

彼らの罪は通貨偽造なのだけれど、
結局世の中お金なのか、と思ったシーンがあった。
ハリカのいる鑑別所に面会に来た彦星。茉歩の親からお金を貸してもらって先進治療を受けたらうそみたいに腫瘍が消えて退院した(もちろんまだ治療は続く)、と。
あまりにあっさりしている。
ハリカはそのために、罪悪感と戦いながらそれでも彦星の命が助かるならと偽札作りに協力して、そして今は鑑別所だ。
彦星は、そのハリカがついてくれた嘘に、そしてハリカが自分のためにしようとしてくれたことに報いるたったひとつのことは、自分の命が助かることだ、とは言ってはいたが。確かにそれがベストの解決策なのだろうが。
よりみちねこは思った。だったらなんだったんだ、彼が死を覚悟していたあの日々は。お金を持っている人だけが助かる社会。世の中には、お金がなくて治療できず、死んでいく人もいっぱいいるのだろう。
逆に考えると、深い悩みだと思って背負っていることも、単なるお金の問題、お金があれば簡単に解決のつくことなどたくさんあるのだろうな、たいていのことがそうなんだろう、そんな社会に生きている私たち。それが人生。
もしかしたらここ、このドラマ一番の消費社会批判的な場面?

このシーンへのもうひとつのよりみち視点。
ハリカの犯罪行為という並々ならぬ行動が、そしてあなたのことを好きではないと言って離れていったハリカの優しい嘘が、彦星の心を動かした。そこに若い視聴者たちは純粋な若い二人の恋愛の姿を見て感動するのかもしれない。
が、ひねくれ根性で申し訳ないのだが、ちょこっとだけ、いわゆる男尊女卑の様相を見てしまった。
日本風な尽くす女と尽くされる男的な。耐える女の美化を刷り込むシーンに自動的になってしまっているような気がして、あまり気持ちよくない。

サイコパス中世古(瑛太)も、その生い立ちと背景は理解できる。
最後に、「記憶はときどき嘘をつく」と言って弟のかわりに少年を助け、自分を癒した。
冒頭に普通だった、と書いたのは、これもある。
坂元のことだから、この中世古をもっと突飛な姿、あるいはうまく逃亡させて終わらせるかも、と構えて観ていたので。
でも、ハリカに促されて自首し、主犯として逮捕された。
新聞に懲役8年、と書いてあった。
刑法では通貨偽造は、無期または3年以上の懲役、だそうだ。8年は長いのか?短いのか?
ちなみに、亜乃音は2年で出所。

それにしても、坂元作品の登場人物は逮捕され過ぎだ。
「カルテット」でも「問題のあるレストラン」でも主人公が逮捕される。
「西遊記」と「東京ラブストーリー」を手掛けているというのが信じられない。

そういえば、盗まれた亜乃音の夫の死亡保険金1000万円はどこへいったんだろう?
あ、そうか被害届出してなかったんだ。
これもね、お金なんて簡単に現れたりなくなったりするもんだ、という象徴かもしれない。
悪い奴はどこにお金があるかを何だか知らないけどちゃんと見ていてそして盗んだりするという怖さと、お金なんてそんなもんだ、そんなお金に振り回されている(欲望にも貧困にも)私たち、という二重の意味を、今感じている。


「うそみたいなこと」は、実は人生によくある。
そのうそみたいなことは、ぜひ、ポジティブであってほしい。
まさかの坂ってあるんだ、ではなく。

うっそぉ~!ラッキー!と。


亜乃音と青羽とハリカ、そして幽霊になった持本(生まれてこなかった娘同様、青羽にだけ見える)、それから亜乃音を嫌って家を出ていた娘(死んだ夫と愛人の間の子)もこの家に帰ってくるようだ。
血はつながっていないけど、家族なんだろうな。
ハリカはひとり暮らしをしてみたい、と言ってる。
鑑別所から出て働いてしっかりお金を貯めたから、と。親に捨てられたハリカ。今度は自分で積極的に選択したひとり暮らし。それができるのも帰ってくる家があるからだ、と。
この疑似家族の暮らしのこれからを、この先を見てみたい、と思った。





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「アンナチュラル」TBS金曜夜10時
主演/石原さとみ

最終話

なかなかよくできたドラマだったと思う。
なにしろ「逃げるは恥だが役に立つ」「重版出来」の野木亜紀子脚本だ。
ひとつ違うのは、この2つのヒット作品は漫画原作ということ。
「アンナチュラル」はオリジナル。
かなりの取材の上に書いたらしい。

推理の展開が軽快で、専門性も高く、
また、遺体の解剖から見えてくる真実に寄り添う真犯人追及への
主人公・三澄ミコト(石原さとみ)の愛と正義に立脚した法医解剖医ぶりが共感できるし、感情移入もできる。

ちょっと気になったのは、
まずは、法医解剖医が刑事のような捜査をすること。
それから、
ミコトの悲惨な生い立ちはいいとしても、同僚の中堂(井浦新)の恋人を殺害したシリアルキラーを追っているという伏線が1話からずっとはられていること、
アルバイトの六郎(窪田正孝)の週刊誌へのスパイ行為、これも1話から続いて、
結局、両方とも最終話で決着がつく。
さらに、中堂、六郎とも、ミコトへの少なからぬ「想い」があるようにちょこちょこ描かれるのも、気になった。どうして、日本では、恋愛ドラマではないのに、必ず、主人公が同じチームのなかでモテる的なシーンを入れるのか、鼻につく。
さらに難を言えば、中堂のキャラクターが微妙で、1話と最終話では別人のようだ。
六郎はその辺りはしっかり描かれていたかもしれない。

どうしても「クリミナル・マインド」と較べてしまう。
アメリカのテレビドラマがいつも良いわけではないが、
中堂の恋人を殺したシリアルキラーの話は、「クリミナル・マインド」だったら1話か2話で終わる。
「クリミナル・マインド」でも、数話に渡って伏線を張るエピソードはいくつかあるが、これほどごちゃごちゃしていない、と私は感じている。
というか、そもそも日本の場合は、例えばこのドラマの場合は、中堂の恋人を殺した犯人を逮捕するのがこのシーズンのメインテーマで、そこまでの間に様々な事件を通して「アンナチュラルな遺体」から事件を解決する1話完結の物語が挿入されていく。
もちろんもうひとつのメインテーマは、「アンナチュラル」って何なんだ、遺体が解剖されずに葬られてしまう犯罪があるのだ、ということを知らせるドラマでもある。

最終話でのミコトのセリフが印象的だ。
「ご遺体を前にしてあるのは、ただ命を奪ったという事実だけです。犯人の気持ちなんて分かりはしないし、あなたのことを理解する必要なんてない。不幸な生い立ちなんて興味はないし、動機だってどうだっていい。ただ同情はしてしまいます。このかわいそうな被告人に。被告人は今もなお死んだ母親の幻影に苦しめられています。30歳を過ぎてもなお、子どものころのまんまなんです。誰も彼を救えなかった。あなたも自分自身を救えなかった。あなたの孤独に心から同情します」
裁判での証言。
被告人の前で、つまりシリアルキラーであるサイコパスの前で言った。
しかも、このサイコパスに向かって最後、同情しますと頭まで下げてみせた。

これは、犯行をあくまでも否認している犯人を刺激して自白を引き出す手法なのだと思う。
さらに、中堂とその恋人の無念の気持ちを代弁したものでもあろう。
もちろん、ミコトの本心であり怒りの表現でもあるのだろう。
同情しますといって、実はぜんぜん同情していない。

でもなんだかこのセリフ、怖かった。日本人らしいな、とも思った。
「クリミナル・マインド」では、犯人の背景を突き詰めて、探し出す。行動分析官なので。
それはそれは、悲惨な子供時代だったり、生まれながらのサイコパスだったり、犯人の罪悪感からの妄想だったり、さまざまな背景が見えてくる。
どうにも同情の余地のないサイコパス、打ち殺される犯人もいるが、
その背景を知ると、思わず泣いてしまうようなストーリーもある。
なかなか重たい犯罪ドラマなだけに、様々な配慮もあるのだろう。
なにしろシーズン1、2とリーダーだったキデオン捜査官役の俳優は、とても続けられないと降りたそうだ。
もちろん、理由や背景はどうであれ、犯罪は許されない。悪だ。

「アンナチュラル」のこのシリアルキラーの場合は、どれほどその気持ちを理解してあげたとしてもあまりにサイコパスで自白は難しいかもしれない。
「クリミナル・マインド」の見どころのひとつは、犯人に次の犯行を思い留まらせて逮捕するというシーン。そのときに犯人の気持ちに寄り添う発信をする。

どちらかというと、アメリカの方が悪人に対しては冷たく厳しいという印象がこれまであったが、
すこし変化しているのかな、とこのドラマを観て思った。
日本ではまだ、行動分析や心理分析の分野が進んでいないのかもしれない。
穿ちすぎの感想かもしれないが、
「クリミナル・マインド」ファンとしては「クリミナル・マインド」に軍配を上げてしまう。

ミコトが自分でも言っているように、
「ご遺体を前にしてあるのは、ただ命を奪ったという事実だけ」なのだと思う。

「NCIS」や「クリミナル・マインド」のように、捜査官と科学捜査分析官や検死官やテクニカル分析官は、チームだったり分けたほうがいいように感じる。


市川美日子がよかった。


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「隣の家族は青く見える」木曜夜10時フジテレビ
深田恭子/松山ケンイチ

第9話


こちらで、感想を書くたびに「多様性」の話をしていたが、
今話ではまさに「多様性」というワードが使われた。
小宮家の娘が学校で習った、と。多様性に一番馴染んでいない母・深雪(真飛聖)の長女だ。
さらに、深雪は、次女のアクシデントを朔
(北村匠海)が助けてくれたこともあって、反省。
無知で時代から取り残されていたのは私だけでした」と。
そしてさらに深雪は言う。
「私は、自分と違うものを排除することで自分を守ってた。でも最近、私が守ってきたものってなんだったんだろう、って思うようになって。狭い世界に閉じこもって生きてきたことを今更ながらに後悔しているところです」
すると次のような対話が繰り広げられた。

広瀬渉(眞島秀和)
「誰だってそうですよ。自分が信じてきた価値観を覆すのは勇気がいります」
川村亮司(平山浩行)
悪気なく誰かを傷つけてることあるだろうなって思いますしね」

誰のことも傷つけずに、自分も傷つかずに生きるのって無理じゃないかな」
ちひろ(高橋メアリージュン)
「誰かが傷つくことを恐れて、言いたいこと全部ひっこめちゃうのも違う気がするしね」
大器(松山ケンイチ)
問題はそのあとかもしれないですねぇ。傷つけたとしてもあとで声に出して話し合えばもしかしたら分かり合えるかもしれない」

分かり合えないかもしれない
奈々(深田恭子)
いつか分かり合える日が来るといいですよね」

very goodな意見交換。

よりみちねこは占い師なので、タロットカードで考えてみた。

★16番「塔」のカード。価値観を変えないと倒れるよ。
「自分が信じてきた価値観を覆す」
時代の変わり目というのはいつもそうなのだろう。
ルネサンス時代は単に百花繚乱の華やかな時代だったわけではない。現代の私たちが美しい絵画や建築物を見ると、そう見えるかもしれないが、その時代に生きた人々は、ちょうど21世紀の私たちのように、価値観を変化させることに四苦八苦していたに違いない。
歴史的観点からすると、ルネサンス時代は宗教改革の時代であり、大航海時代でもあることを考えれば、理解しやすい。
そして「自分が信じてきた価値観を覆す」のには「勇気がいる」のだ。
「信じていた」のだからそれを変えるというのはなかなか大変だ。自分の価値すら危うくなる。
深雪はそれが顕著だった。子供は産むべき。同性愛はおかしい。豊かで規則正しい生活。
自分はその価値観に従って生きてきた、それが幸せの源、拠り所なのだから、180度変化させるのは、本当に本当に勇気がいることだろう。

★13番「死神」のカード。古いものは捨てなさい。
「無知で時代から取り残されていた」
このセリフけっこすごい。「無知」なんて言葉を深雪に言わせているところ、なかなかだ。なぜなら深雪はここの家族たちのなかで一番プライドの高い人。
でも、深雪は気づいたので「無知の知」だったわけで、実は知性の高い人なのだろう。
自分の心が時代の変化についていけていなかった深雪。狭い世界で自分を守っていたのはトラウマからくるものだったとはいえ。

「塔」のカードは「心の変化」、「死神」のカードは「時代や環境の変化」を語っている、と考えてください。
「塔」も「死神」も、「“こうあらねばならぬ”ではないこと」を別の視点から教えてくれています。

★1番「魔術師」のカード。コミュニケーションが大事だよ。
「声に出して話し合えば分かり合えるかもしれない」
誰も傷つけず、自分も傷つかないで生きていけるなんてことは100%ないけれど、
それを恐れて「話さない」という状態をつくってしまうことはもっといけないことだ。
問題は話したあと。
声に出して話し合えば分かり合えるかもしれない。けれど、それでも分かり合えないこともあるだろう。でもいつかきっと分かるときがくるはずだ、ということは信じるしかない。
「話す」ということがたいていの日本人は苦手なのではないだろうか。
意見交換ができない、というか、そういう教育を受けていない。
欧米の人たちは、よく喋る。たぶんアジア人も。
そして互いに違う意見を言い合っても、それが致命的な喧嘩にはなりにくい。日本の場合は、勝つか負けるかみたいなディベートだ。聞く耳をもたない人が多い、ように感じる。
沈黙は金であるときもあるが、それはまた別の話で、
黙っていても分かるだろうとか、察しろとか、空気を読め、は違う。
察してあげる思いやりは大事だが、それを強要したり、あたかも当たり前のように振る舞ったりするのは、古い服従文化のなれの果てのような気がする。
外国人って言葉にしないと分からないけど日本人は分かるんだよね、などと自慢する風潮が20世紀にはあった。
誰でも、言葉にしないと分かりません。
前回の感想でも書いたが、人の言動には独特の背景がある。それをも含めて「理解し合える」ということなのだろう、と思う。

★0番「愚者」のカード。勇気を出して!
「勇気がいります」
古いものを捨てて、価値観を変えるのにも、意見や気持ちを率直に話すのにも、他人の気持ちを受け止めるのにも、「勇気」が必要だ、ということだ。
間違った、傷つけた、と思ったら素直に謝る。
深雪のような人は、依怙地になってしまう場合もあるが、このドラマの深雪はちゃんとみんなに謝罪した。
素直になることもまた勇気なのかもしれない。


さて、奈々はようやく妊娠に成功したのに、流産してしまいました。
来週は最終回。
どうなるのかな。



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「anone」水曜夜10時日本テレビ
広瀬すず/田中裕子

第9話


今話は「嘘」の形が巧みに描かれていた。

嘘にもいろいろある。
「嘘をつくこと」は「悪」だ。
しかし、「嘘も方便」とも言う。

ついていい嘘とよくない嘘がある、とも言うが、私はそれは少し違うと思っている。
「嘘をつくこと」はしてはいけないことだ。
五戒で言えば「不妄語」八正道で言えば「正語」。
「嘘をつく」ということは「騙す」ということだからだ。

だが、上にも書いたように「嘘も方便」である。
「方便」とは
①真理伝道のための巧みな手段。②目的のために利用する便宜の手段。
①の意味だと、いささか現代ではうさんくさくなってしまうようにも思う。つまり、カルト教団のよく使う手法だ。彼らは自分たちが正しいと信じ込んでいる、自分たちは真理だと思い込んでいるので、そのためならあらゆる手段が許されると考えているだろうから。
ここで取り上げるのは②の方便だ、ということは言うまでもないとは思うが、念のため。

今話ではその②の方便の「嘘」が表現されている。
が、そのなかにひとつだけ、冒頭に悪意の嘘がある。
偽札作りの主犯・中世古(瑛太)だ。
亜乃音(田中裕子)が働く法律事務所の弁護士・花房(火野正平)に偽札作りがばれ、中世古は花房を殺そうとする。
さらに中世古は花房に仲間にならないかとすら問いかける。
うっすらユーモアのなかで話が進んでいくなか、花房は言う。

「あなた僕を殺そうとしましたね。どうぞ殺してください。それで証拠消せますか?それで証拠消せませんよ。また誰かに見つかりますよ。そしたらまたその誰かを殺すの、殺すんですか?そうやって一生誤魔化してくんですか?」
「嘘はね、嘘で隠すしかないんですよ。嘘に終わりはないんですよ。嘘で守った嘘が、結局、キミたち自身の心を壊していく」

そして、花房が、何の目的で偽札をつくっているのか、とみんなに尋ねたとき、
視聴者は、ここにいる登場人物たちそれぞれの目的を思い浮かべることができる。

相手を思いやる方便が2つあった。

ハリカ(広瀬すず)彦星くん(清水尋也)についた悲しい嘘。
彦星くんから病室にぶどうパンを届けてほしと言われ、初めて会えるとウキウキしながら病院に向かうハリカ。途中、彦星を慕う茉歩(藤井武美)から、茉歩の父親が出してくれるという治療費を断られたという話を聞く。好きな人がいるから、と。
病室へ行ったハルカは、カーテン越しに彦星に告げる。彼氏がいるふりをして、勘違いさせちゃってるかな、と。キミのこと重荷でめんどくさくなっちゃった、と。もう連絡するのやめるから、削除するから、そっちもそうして、と。
これは、究極の選択でもあると思う。彼にとって何が幸せなのか。
ハリカが離れて行ったからといって、彦星が自分の病気の完治のために茉歩の愛とお金を受け入れるのか?茉歩だって、それで幸せなのか?彦星が健康になって、それは飼い犬のような生活じゃないのか?元気になれば、本当に好きな人のことが心に湧いてくるだろうし。
ここでひとつだけはっきりしている固い決意と選択は、ハリカが愛よりも彦星の命を選択した、という事実だ。

もうひとつの、優しい嘘。
青羽(小林聡美)持本(阿部サダヲ)
持本は中世古と逃げると言う。
追いかける青羽。私のことおいてくわけ?という青羽に、邪魔なんで、と言う持本。そして、
「あなたの願い事叶える気もないんで」と突っぱねる持本。なぜそんなセリフを言うのか?
願い事が叶ったことがない人生を歩んできたという青羽が、
「持本さんとはずっといっしょにいられるんじゃないかな、ってそんな予感がするんだよね。ついに私の願いを叶えてくれる、そんな人なのかなって気がしてるんだ」
と前日に言っていたので。
持本は、ガンで余命が限られている。だから青羽の願いを叶えてあげることができない、という切ない気持ちからの暴言だ。そして、
「病気悪いの?」と持本を抱きしめる青羽。
「長くないの?もう無理なの?」と尋ねる青羽に「そうですね」と頷く持本。
「あたし、看取るから。それぐらいならいいでしょ。それぐらいなら願ってもいいでしょ」と青羽。
「それぐらいならいいです」と、青葉の愛を受け入れる持本。

ハリカと彦星くん。青羽と持本。
中年カップルと青年カップルの違い、だろうか。
青羽は持本の嘘を見破った。

「嘘」から何が生まれるか分からない。瓢箪から駒が出ることもある。

それに、人が「正直」であるときは、もしかしたら「嘘」のときよりも少ないのかもしれない。
誰かのためだったり、自分を守るためだったり。
自分を守るときも2つある。都合の悪いことを隠す「隠ぺい」と、邪悪から守る「保護」。
「遠慮」まで含めれば「嘘」で囲まれているのが「社会」なのかもしれない。

今話冒頭で花房弁護士が言ったセリフ。
そのまま今の政治にちょうど当てはまる。
「嘘は嘘で隠すしかない。嘘に終わりはない」
「嘘で守った嘘が、結局、キミたち自身の心を壊していく」
政治の場合は、国民の心も生活も壊していくことになる。
権力者たちはどこ吹く風。庶民としては、彼らウソつきたちが地獄で裁かれることを願うしかない。

追伸
瑛太のサイコパス演技が秀逸。
前回書いた「ファイナルカット」の山崎育三郎と張り合うな。
目つきは、瑛太の無機質極まりない表情が勝っている。




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「FINAL CUT(ファイナルカット)」火曜夜9時カンテレ(フジテレビ)
主演/亀梨和也

最終話


わぁ、山崎育三郎が真犯人・小河原祥太役かぁ、と思わずうなった。
ミュージカル、そしてコメディからサイコパスまで、器用に演じ分ける。

視聴率も評判も、ジャニーズが主役のわりには低かったようだが、
なかなか面白かった。

復讐ものとしては物足りないと感じる視聴者も多いのかもしれないが、
一方で「メディアへの問いかけ」という社会性も含まれていて、
復讐ものとしては、謎解きだけに終始しない独自スタイルでもあったように思う。
逆にそこが薄っぺらく見えてしまう人もいるのかな、と感じたのは、
メディアの取材を利用して真犯人逮捕へこぎつけたあとのシーン。

慶介(亀梨和也)が「ザ・プレミアワイド」の司会者・百瀬(藤木直人)に正論でつっかかる。
都合が悪くなると触れなくなる、なかったことにする、
自分たちが何でも決められる特別な力があると思ってる、
傷つけられて黙っている人たちがいることを忘れるな、という慶介に、
もちろん忘れてないが、おもしろい答えを求めている世間の人たちにおもしろい情報を提供するのが自分たちの仕事だ、と言い放つ百瀬。

百瀬が言うように、きれいごとだけがまかり通る社会というのもまたおかしいと思うが、
最近は、フェイクでもなんでもおもしろければいいというのが世界の風潮でもあることを考えると、
何をもって面白いと思うのかは視聴者の心のレベルの問題で、それを定義する制作者たちの心のレベルはいかほどなのだろう、といつも思う。鶏が先か卵が先かの論議になってしまう。

「一方的にただ受け取る時代じゃない。情報は手に入る。面白いことは自分自身が見つける。
せめて見せてみろ、あるべき姿を。沈黙している人の声を聞く。何か伝えることで人の心を動かす。そういうのが役目だろう。今のままで本当に胸張れんのかよ。
過去を正して未来をみせろ!使命を果たせ!ミスター・メディア」

作品の趣旨をまとめるように叫ばれた慶介のセリフ。

母親を自殺に追い込んだ報道番組のスタッフたちを脅迫して追いつめるという手法を使って彼らを利用した慶介にしては、あまりに正義感あふれるセルフのように感じないでもない。
急にまとめた観も否めない。
が、ナイスなセリフだと思う。

結局、百瀬は番組内で謝罪し、司会も降り、チームも解散。
それぞれが反省を胸に未来へ踏み出していくようだ。
確か、オウム真理教事件のとき、TBSはその不祥事の責任をとってワイドショーから手を引くことになった。そんなことを思い出した。

先日「伝える人になろう講座」という書物を読んだ。著者は堀潤
いろいろあって(その経緯も書いてある)、NHKをやめたジャーナリストだ。
このドラマの百瀬は当時、慶介の母親が犯人ではないかと疑われているという「事実」を伝えただけなので、間違ったことはしていないと慶介に言っていた。
堀潤は「オピニオンよりファクト」ということを、伝えようとする人々に教えているそうだ。
確かに、私見を開陳したり、感想を述べたりするのは、学者や作家の役割かもしれないが、
あまりそこにとらわれ過ぎるとまたそれも偏ってしまうのではないか、とふと思った。
確かにファクトをどう捉え、どう感じるかは視聴者次第だ。しかし、その内容にもよるのではないか?
スポーツなどは、それこそファクトを伝えてくれればいいのに、ストーリーを作って感動を押し付けてくる。政治や事件はどうだろう。その背景を伝えてくれないと考える術を持つことができないかもしれない。
堀潤司会の報道番組を見ていて、ときどきもどかしく感じる理由はそこだった。
「オピニオンよりファクト」をあらゆる場面で通し過ぎて、あなたいったい何を考えているの?何を伝えたいの?と時々思う。
世の中には「善悪」という道徳の観点が「言論の自由」の前にあるのではないのだろうか、とすら思ってしまう。
こちらで書物の感想を書く余裕はないので、気になる方は本をお読みください。そして、それぞれで感じてみてください。

さて、このドラマでは、
藤木直人も癖の強い天才司会者を巧みに演じた。
最終回のみ登場した山崎育三郎のサイコパスぶりも気持ち悪くてよかった。
それにしても、山崎演じる小河原祥太は、どうしてサイコパスになってしまったのか、
その辺りがよく分からない。親は妹たちのほうを可愛がりすぎたのか?
慶介との対決で真相を暴かれた後、弱々しく涙を流すところもサイコパスの特徴をよく捉えている。

橋本環奈は、このドラマでまた新境地を開いたのではないか、と思うほど、
可愛らしさと、自己卑下と、姉への嫉妬、そしていっとき悪の心を宿してしまった表情と、
上手に演じていた。
「警視庁いきもの係」ではコメディな役柄を演じ切っていて感心した。期待していなかったので余計にそう思った。
次はどんな役に挑戦してくれるのか、楽しみだ。
どちらかというと、おっとりコメディが見てみたいが。

追伸
そういえば、
昔、ワイドショーの司会者が、自分の番組内での発言で、翌日世の中が動くのがおもしろくしてしかたない、というようなことを言っていた。
別の司会者は、ワイドショーを批判する人も多いが、見たくなければ見なければいい、と言っていた。
そんなインタビューを見たことがある。




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「海月姫」月曜夜9時フジテレビ
主演/芳根京子

第9話


なるほど、「姫」のひとつの意味が分かった。
今話では、まさに月海(芳根京子)は、お姫様だ。

カイ・フィッシュ(賀来賢人)にデザインの才能を買われて、カイの会社に半ば拉致のごとく連れて行かれた月海。と引き換えに天水館を買い取るお金を出してくれるという。

シンガポールへ連れて行かれようとする月海を奪還する計画を立てる、尼~ずの面々と蔵之助(瀬戸康史)修(工藤阿須加)たち。
とくに、蔵之助と修にとっては、「姫」だ。

お姫さまストーリーには、誘拐と奪還が欠かせない。

今話でもうひとつ注目したシーンは、カイの会社。
デザイナーはみんな同じ白い服を着ている。そして、大量生産で売れる服をデザインするという。
月海にもそうするよう強制する。
まるでカルト教団のようだ。
すでにデザイナーたちは、洗脳されているようだ。
月海の個性的な柔らかいドレスは、ゴミだという。焼かれてしまうと。
お金のために焼いて、また作る、というのがカイのポリシー。
月海には受け止めきれない思考だ。

カイが無機質になってしまった理由は生い立ちにあるのだが、
それは置いておいても、
さらにうがってみれば、
現代社会の誤謬を映し出しているようにみえる。
カルト洗脳とお金と欲望を生み出す仕組み。
なんだか虚しい。

月海をはじめ尼~ずの面々は、いわゆるオタクなので、
カイの世界観にはなじまないだろう。

カイの秘書の機転もあって、
月海は天水館に戻って来ることができた。
けれどもそれは、天水館を出て行かなければならないことを意味していた。

みんなそれぞれ、生活のために働いて自立しようとする。

さて、来週は最終回。
どんな結末になるのかな?



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「隣の家族は青く見える」フジテレビ木曜夜10時
主演/深田恭子

第8話


やっぱりそうだ。
このドラマはステキだ。
多様性が描かれている。

だけではなく、
人の人生の背景というものを知ることの何たるかが軽快に描かれている。
認知と理解は寛容と愛を生む。つまり、簡単に言うと「思いやりの心」だ。

ちひろ(高橋メアリージュン)なぜ子供をつくらないと決めていたのか。親から虐待を受けていたから。
深雪(真飛聖)は、どうして子供をつくれと人にも勧めるのか。褒められたことのない自分の親にやっと褒められたのが出産だったから。
自分の子に手をあげようとしたときに必死に止めたちひろの気持ちを理解する深雪。そして、ちひろは子供が嫌いなわけじゃないんだ、と気づく。
さらに、ちひろは深雪の親も毒親だから離れちゃえばいい、と言う。深雪は自分の母親が今でいうところの毒親だと気づいていなかったようだ。ただただ母親に認めてもらいたい一心のこれまでの人生。

学習支援教室でボランティアで勉強を教えはじめた深雪の夫・真一郎(野間口徹)。高卒認定試験を受けるためにそこで勉強する21歳の朔(北村匠海)。
他の高校生たちの、21歳でがんばるって遅くない?という揶揄に
「人生何かを始めるのに遅いってことはないと思うな」と真一郎。
自分もこの年でやっとやりたいことを見つけた、と。
何事もきめつけはいけない。
ここで学んでいる生徒たちは、21歳の頑張る青年を通じて、おそらくひとつの人生の学びを得たことだろう。それは深く心に刻まれていくのではないかと思う。

アウトレットモールの企画を任されている大器(松山ケンイチ)はこう言う。
「妊活はじめる前は、独身者も既婚者も、子供がいる家族もいない家族もみんな共存できると思ってた。でも今は、子連れ家族をメインターゲットの施設に奈々(深田恭子)を連れて行く自信ないんだよ。ただの綺麗事だったのかもしれないなぁ」
なかなか子供のできない奈々を気遣っての思い。

子供を嫌う人のその反応の背景もそれぞれだろう。
子供がほしかったのにできなかった。
自分の子供とうまくいっていない。
自分が虐待を受けていた。
自分を不幸だと感じていて、幸せそうな家族を見ると腹が立つのかもしれない。
可愛がられたことを思い出せない人は、親に可愛がられている子供を見ると怒りすらこみあげてくるかもしれない。
そう考えると、このドラマのちひろは、悲惨な子供時代だったかもしれないが、それを乗り越えてきた人のようだ。自分がされていやだったことはしない。悪の循環を断ち切っている。そして、パートナーの元妻との間の息子を大切にしょうとしている。

さて、人を受け入れない背景は、どれもこれも聞けば哀れな理由かもしれないが、
多かれ少なかれ、人は似たようなことをしている。

例えば自分が叶えられなかった夢を叶えた人を妬むなどは典型だ。
そんなことひとつもない、という人はおそらくいない。そういう人こそ、実は誰よりもネガティブエネルギーを発していて、それが普通になっているし、ときに妬んだり恨んだりすることが生きがいにすらなっているので、自分が何を思い、どんな言動をしているのか、全く気付いていない。ゆえに反省もできない。昂じると、あるいは気づかされると、自分は間違ったことをしていない、と居直りさえする。確かに一理あることを言うので、どうにもならない。

今話ではこんなシーンがあった。
「ぶっちゃけ迷惑だよね。妊娠とか不妊治療とか。何か言うとこっちが悪者みたいになるしさ」
「子供関係のことって配慮されて当然みたいな空気あるよね」

奈々の不妊治療告白と店長からの協力要請を、遠巻きに見る若い女性スタッフたち。
それを店長がたしなめる。
「おまえらさぁ、ちょっと想像力足りないよ」
実は店長の妻も不妊治療7年目で子供を授かった、ということ。
自分が経験していないことは、なかなか理解できない。
この店長の「想像力足りない」が全てを物語っている。

最近のギクシャクした社会。
互いが互いを思いやれないのは、精神的にも物理的にもゆとりがないことを差し引いても、
「想像する力」が欠けて過ぎているのかもしれない。

自分の価値観だけが全ての世界で生きているから、思いやったり、譲り合ったりすることができない。
自分の立場を大事にするには、他人の立場も大事にしなければならない。
上記のような身勝手な女性スタッフたちは、自分が奈々の立場になったとき、かつて自分だった後輩の人間たちの悪態を受け、それに文句を言うのだろうな。あなたたちの立場も分かる、ではなく。
「逃げるは恥だが役に立つ」のなかでもあったが、
このシーンの女性スタッフたちは、自分の未来を非難し、否定していることにもなるわけだ。

以前、ホームで電車を待っているとき、若い女性二人が「優先席に座ろう」と話している声が聞こえてきた。「妊婦には譲ろう」と言っている。でも「ばあさんには譲らない」と。自分たちは働いて疲れてるんだ、こんな遅い時間にふらふらしてるばあさんは元気だろうから、立っていろ、というのが理屈だった。
驚いた。おまえたちはばあさんにならないのか!
この女性たちの背景は分かった。理屈も一定の理解はできる。仕事で疲れている。
けれども、そのばあさんだって仕事の帰りかもしれないし、外出しなければならない用事があったのだろう。それよりなによりどんなときも、優先席でなくても、老人には席を譲るのが世界の常識だ。
この二人の若い女性は、自分たちが妊婦になるまでは想像できても、老婆になるところまでは想像が及んでいないようだ。それとも自分たちがばあさんになったら、じっと家にこもっているつもりなんだろうか。遊び人のようだから、それは無理だろう。

最近のニュースからだとこんなことがあった。
保育園建設に反対する住民。女性専用車両に乗り込む男性。
彼らにも、きっと何か言い分があるのだろう。そんなことをする、しなければならないほどの背景があるのだろう。
通りいっぺんにしていては、何も解決しない。
語り合い、認識し合うところから始まるのだろうな。

上に「ゆとり」ということを書いたが「思いやりの心を持てない」人たちというのは、心にゆとりがないのだ。
つまりそれは、虐待や失敗などの背景からくるわけだが、その事実を捉えるのと同時に、「ゆとり」の部分も観察する必要がある。
つまり、上記の人々は、自分を不幸や不足を感じているから、妊婦にせよ保育にせよ老人にせよ、自分より「優遇されている、大切にされている」という「嫉妬」の観念が通奏している。
なんでその人たちばっかり得するの?私、損してる。
大切にされない自分を無自覚に感じていて、少し寂しいのかもしれない。
じゃあ、その寂しさはどこからくるのか、というと、愛情薄かった幼少時代、なのだろう。

そう考えると、このドラマの主人公である奈々は、自分の嫉妬の心などにも向き合う心、人の言動を読み解いたり、ポジティブに捉えたりする心を持っている様子が描かれているので、愛情の多い幼少時代だったのかな。奈々の母(原日出子)の様子がはっきり描かれていないので(不妊治療には反対している)、分からないが。

人は自分で経験していないことは分からない。経験してはじめて分かる。
けれども私が見かけた二人の女性たち、自分が老人になってから気づいたのでは遅すぎる。ゆえに、このドラマの店長が言うように
「想像力」が大事だ。
それを育てるが教育だと思う。

テレビドラマも、その役割を担っているように思う。



よりみちねこのドラマカデミアへようこそ!

テレビドラマそのものではなく、書籍についてですが、
「ウルトラセブン」についての記事を書きました。

「よりみちカフェ」のサイトで読んでいただけましたら嬉しいです。



『「ウルトラセブン」の帰還』
白石雅彦著 双葉社

作品の評価というのは、そのときには分からない。
あとになってから高くなるケースも多い。
宣伝効果もあって、さほど歴史に残るような作品でもないにも拘わらずよく売れるので、高評価、好評、を獲得することもしばしばではないだろうか。
……

https://ameblo.jp/ai7to7hikari/entry-12357261504.html
「よりみちカフェ」


お手数おかけします。
よろしくお願いいたします。


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