こんにちは。
よりみちねこです。

人は、相手のことを大切に思いすぎて、嘘をつくことがある。
それを「方便」と言う。
人は、誰かのことを愛し過ぎて、奇妙な行動を取ってしまうことがある。
それを・・・それはなんて言おうか。形や表現は様々だろうから、
まあ、とりあえず「意地悪」とでも言っておこうか。

今週の「偽装の夫婦 第8話」と「結婚式の前日に 第7話」は、
まさにそんなエピソードだった。
そもそもそういう物語なんだけれど、
そうなんだよ、と明瞭に物語ってくれた週。

「結婚式の前日に 第7話」
ひとみ(香里奈)の婚約者悠一(鈴木亮平)の母(江波京子)は、大切に育てた息子の将来を考えて、どうにかして病気のひとみと別れさせようとしている。そして、今週、ついに人非人なことを口走ってしまった。「あなたなんていなければよかったのに」。
しかしこの母にも人間の心は残っていたようで、罵りの言葉を吐いたあと、大きな後悔に襲われる。息子にも見放され、さらに後悔は深まり、途方に暮れる。そこへひとみが現れて、ひとみと母は、病院の院内教育のイベントへ。そこでは悠一が子どもたちに絵本を読み聞かせていた。悠一は、自分が医者になった経緯に母の優しい言葉があったことを子どもたちに伝えていた。

「流星ワゴン」(TBS 西島秀俊/香川照之)もそうだったけど、
意地悪やひどい仕打ちは、実は「おまえを愛しているがゆえだ」というオチがあるでしょう。
とくに、子供時代には、親の気持ちが分からなくて、また、親も子どもにどう伝えていいか分からなくて、誤解のオンパレードってことも多い。それがトラウマになっていることもある。互いに気づかないまま、憎しみ合ったまま、この世を去っていくこともある。あるいは、無理やり許し合う、そういう気持ちにならないと収まらないし、世間体もあるし。
そうした道筋を辿らないと人間は気づかない、ということもあろう。それだけの出来事と時間が必要であり、また、それこそがドラマなのだ、と。

けれども、もうそろそろ、こうした愛の表現は卒業しなければならない。
なぜなら、ドラマのように解決することは少ない。
そして、このような愛は不健全な愛だ。
ゆえに、そうした感情をぶつけられた人たちは、どこかで不具合をきたす。
「流星ワゴン」を観ているとき、特にそう思ったにゃん。 

「流星ワゴン」では、子供時代の不健全な親の愛。
「結婚式の前日に」では、子どもが大人になってから噴き出した親の不健全な愛。
しかし、そもそも、これらの不健全な愛は、厳しい言い方かもしれないけれど、
「身勝手な愛」だ。本当に相手だけを思っている無償の愛とは違う。
見返りを求めていたり、一番大きいのは、自分自分を満足させるため、自己愛。

人が人を思うとき、相手を思うあまり、ときに間違い、傷つけあい、すれ違い、見失うこともある。それでもそこから得られるものはあるのだろうか。 

これは、「結婚式の前日に」のなかで流れるひとみのナレーション。


「偽装の夫婦 第8話」
先週までに、ほとんどの登場人物の偽装はなくなった。
みんな本音を話したから。
今週は、泣けた。

ヒロ(天海祐希)が育ててくれたおば(キムラ緑子)の本当の思いと、ヒロの両親が死んだ本当の理由が初めて明かされた。
本当のことを知ったらヒロが傷つくと、おばもいとこたちも、ひた隠しにしていたのだった。
ゆえに、ヒロは、誤解して、心を閉ざし続けていたのだった。
これは、子どもが周囲の行為を誤解して、悲しい人生を歩むパターン。
本当はこんなにみんなから愛されているのに、自分に向けられる愛はなんて少ないのだ、と子どもは誤解しがちなのだ。
それに気づいく瞬間、それまで閉ざしていた心が開いて、受け止めることを拒否していた愛が、どっと流れ込んでくる。
泣かずにはいられない。

でもさ、
人は、どうして「嘘」をつくのかな。
「方便」は「愛」だ。
でも、本当のところを隠す「嘘」は、人の心を荒ませる。
つくほうも、つかれるほうも。

よりみちねこはね、あるとき思ったんだ。
どうしてみんな「嘘」ついて生きてるんだろう、って。
嘘ばっかり。
よりみちねこは、嘘がつけなくて、損ばかりしてたし、嘘がつけなくて叱られたり、嫌われることもあった。
とはいえ、正直も、言っていい正直とそうでない正直がある。
そうでない正直が「方便」なんだよ(ヒロの心の声の調子で)!

いろいろ言ってると、わけわからなくなってくるねぇ。

あ、このヒロのおばの家での「家族」の遣り取り、圧巻です。
おすすめ。 

今週はこの2つのドラマ、「救済」だった。
あ、そうだ、「下町ロケット」も、まさに「救済」だったね。
 http://drama-de-fantasy.blog.jp/archives/1045852765.html

最後に。
ヒロと超治の対話。このシーンもgood。「素直に生きること」を語り合う。

ホイットマン。
私もだれも、あなたにかわって道を歩くことはできない。
自分の道は自分で行くほかないのだ。

ヒロが超治に。
「(略)(偽装結婚を)実際にやってしまうあなたのバイタリティーと、愛情あふれるところが好きだったのに。世界中の人を幸せにしたい、笑顔にしたいと願うあなたのことが好きだったのに。
カート・ヴォネガットも“猫のゆりかご”という小説で言ってます。人間の言葉は数々あるなかで、もっとも悲しむべきなのは“だったはずなのに”」

「だったはず」と言わないようにしたいものだね。
思わず知らず言ってたりするから、気を付けよう、っと。 

そして二人は離婚した。
一年後にまた会おう、と。
さて、次回どうなるのかな? 


世の中って、誤解で成り立っているのかもしれないにゃ
でも、それじゃあいけないときにきているのかも。
誤解は決して優しくないから。

 
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