よりみちねこのドラマカデミアへようこそ!


「乱反射」メ~テレ(テレビ朝日)
2018年9月22日夜22時15分放送
原作/貫井 徳郎
脚本/成瀬 活雄・石井 裕也
監督/石井 裕也
妻夫木聡/井上真央/萩原聖人/光石研/三浦貴大/田山 涼成/鶴見 辰吾 他


なんとも重苦しい、いや~な気持ちの残るドラマだった。
最後のシーンが、なおさら拍車をかける。人間の良心とは何だろう。

ある風の強い日、光恵(井上)がベビーカーに乗せた子どもと歩道を家に向かっていた。駅前にタクシーが見当たらなので、歩くことにした。少し行ったところで、強風で大きな街路樹が倒れてきた。子どもが死亡。
新聞記者の光恵の夫(妻夫木)は、息子を殺した人間を突き詰めようと聞き込みをはじめる。なかば乱心の復讐のごとく。

最後は正義が勝つのかなと思いきや、どうらや何事も起きずに終わりそうだぞ、とドラマの進行とともに思い始める私。
普通に考えれば、行政の責任を問えるところだろうが、そもそもこの夫婦も訴訟を起こそうともしない。

乱反射、というタイトルにあるように、ひとりひとりの行動、行為が連鎖を呼んで起きた事故、であることをドラマははっきりと見せる。
ひとりひとりの行動は日常の繰り返し。
日常と言っても、良い行いはひとつもない。
仕事放棄や怠慢、ルール違反の重なり。

犬の散歩をする老齢の男(田山)は、日々、犬の糞を樹木の根本にさせてそのまま放置。
糞苦情の電話を面倒がる役所の担当者。
樹木診断をする造園会社の男(萩原)は極度の潔癖症で犬の糞のためにその樹木の診断ができなかった。
樹木診断を伐採業者と勘違いして詰め寄り、仕事の邪魔をしてしまった街路樹伐採反対を叫んで運動しいてる住民女性たち。
救急車で運ばれた子どもを嫌がって受け入れなかったすぐ近くの病院医師(三浦)。

事故の日、病院へ義父の見舞いに行っていた光恵。自分が光恵さんを引きとめなければと悔やむ義母。自分が入院さえしなければと悲しむ義父。

人生は、さまざまな出来事と選択がつながってできている。
明るいドラマだと、それで恋人ができたり、仕事が見つかったりする。
これは、不幸な人生のシーンが、どのような順番で起きることになったのかを示してくれながら、同時に、それが人間ひとりひとりの倫理観の欠如がつながりにつながって起きた事故だよ、と教えてくれる。

人間の倫理観だったり、職業的義務の放棄や職業意識の低さ、というのは、バレなければきっと何ということはないのだろう。些細な事だと思っていることが、実はとても大きな災いをどこかの誰かが被っていることなど、このドラマのような明確な事故でもないかぎり知らずに過ごすことができる。おそらくこの世のたいていの場所がそうだ。
病院だって、外科医は不在ですなどと嘘をつかれたって分からない。
店だって、そんなもの売ってませんよと言われれば、そうですか、と引き下がるしかない。

気持ちの良い解決をみるドラマではなかった。
けれどもドラマとして、誰かが罰せられていかにも正義が勝ちました的なシーンがあればそれでいいのか?と私は自問自答した。何をもって気持ちが良いとか悪いとか思うのだろう。

連鎖の要因のひとつひとつとなった人々は、これからも反省することなく普通に安泰に暮らしていく。

役所の人間たちはちょっとこのままでは困るな。影響が大きすぎる。
医者の倫理観も直してほしいところだ。

極度の潔癖症で仕事に支障をきたしていた彼も、早くに仕事を離れて治療するなり、自分にもできる仕事に切り替えていればよかったのに、とは思うが、このドラマのなかで、一番正直だったのは彼だ。「良心」があるからこそ、悩みながらも告白する。それを見守る社長にもとりあえず良心はあった。

一番の衝撃は、死んでしまったこの子どもの両親。彼らもルールを破っている。
ちょっと遠出するとき、明日の朝ゴミ出しできないからと、出かけた先の公園のゴミ箱に大きなゴミ袋を持ってきて捨てている。習慣になっているようだ。
家庭ごみを捨てないでください、という貼り紙があるのに。
何らかの理由でゴミの日に出すことができないなら、家に保管して、次のゴミの日に出せばいいだけのことなのに。

被害者も事故の原因となった人々も、造園業者以外はみんなでルール違反をしている。
そして、なんとも思っていない。「良心」がない。
なんとも思っていないどころか、自分のことは棚に上げて、他を批判したり自分を守ることには一生懸命だ。

私たち人間というのは、こんなものなんだ。いや、お前たちはこんなんだよ、とドラマが言っている。やってるだろう、あんたたちも、と。
自分だけは違う、という人がもしいたら、一番何も気づいていない、そうすることが当たり前だと思っているか、そうして何が悪いと開き直っている、バリバリの倫理観のない違反者なんだろう。
「良心のある人々」(たいていの人がこのグループなのだが)だって、みんなやってる、自分だけ損したくない的思考回路が働くと、ちょっとだから大丈夫とルール違反を犯す。

松本清張の社会派サスペンスとも少し違う。切ない気づき、人間の悲哀のようなものが松本作品には見られるように思うが、このドラマにはセンチメンタルとか同情といった感情は無縁だ。いわゆるサイコパス要素が漂う。「良心がない」という意味で。
もし死んだ子どもの親が訴訟を起こせば、造園業者が責任を取ることになるだろう。彼らには良心があるので、罪を認めるだろうから。役所の担当責任者も形式的に罪を問われるだろうが。しかし、結局予見不可能、となるだろう。実際は難しい。
現実問題として、犬の糞尿で根本が痛んでいる樹木や電信柱などは多いと聞く。

社会の歪みが先なのか、人間の心の歪みが先なのか。
いや、人間の心の歪みが生み出す社会の歪み、なのだろう。
その片棒を私もあなたも担いでいますよ、というのが、最後のシーン。

不幸の連鎖。
ペイフォワードの不幸版だ。
自分だけ得をしようではなく、
できれば、幸福連鎖の社会、世界にしたいものだ。
恩送り。ぺイフォワードpay it forward。


妻夫木聡、年取ったな。
井上真央、やっぱりうまいと思う。
三浦貴大は、最近こんな役ばかりだな。真逆の演技を観てみたい。